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完全自動運転は「歩く」という行為を未来に終わらせる? 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.821


特集 完全自動運転は「歩く」という行為を未来に終わらせる?〜〜〜50年後の未来を想像するためのレッスン(4)



完全な自動運転が普及すると、社会はどう変わるのでしょうか。


運転手が不要である完全な自動運転であれば、運転免許返納を求められている後期高齢者の買い物難民問題が解決します。また自動運転車はすなわちEVなので、これは現在地方都市で深刻になっているガソリンスタンドの減少にも対応できます。地方生活は多くが戸建て住宅で、EVを自宅で充電するハードルも低いからです。さらにEVは災害時の非常電源にもなり、電気で駆動する自動運転車は過疎地にこそ最適な移動手段になることが期待されています。ただしEVには、ウクライナ侵攻以後のエネルギー危機の状況で「電力をどう供給するか」という難しい問題も横たわっており、必ずしもバラ色の未来が約束されているわけではないことにも留意が必要です。


とはいえ、ここまで書いてきたような「自動運転の未来」というのは、あくまでも2024年の現在から直線的に想像した近未来の話でしかありません。私が昨年起業して手がけているSFプロトタイピング(SFの想像力によって未来をイメージする手法)では、そのような現在からの視点ではなく、現状認識をもとに大きな一歩を踏み越えるようにして、その先をイメージしてしまうということを行います。


そのためには、新たなテクノロジーが普及した未来をリアルに想像しなければなりません。自動運転で言えば、完全な自動運転が実現した社会で、人々はどのような欲望を持ち、どんな人間関係を構築し、社会に対してどのような感覚を持っているのかを想像してみることです。


そのような視点で、未来をイメージしてみましょう。


2024年現在の東京では、多くの人々が日々タクシーで移動しています。とはいえタクシーの空車は最適化されていません。都心の駅には空車が密集し、郊外にはほとんど走っていないという最適化されない状態になっているのです。この状態に対して、客がどこでタクシーに乗り、どこで降り、そのあいだの渋滞や道路状況はどうだったのかというようなデータをたくさん集めてAI解析すれば、ある程度は客の乗車場所と下車場所の予測が立てられるようになるでしょう。


その予測をもとに、自動運転の無人タクシーを運行させれば乗車の時間待ちは減り、かなりの最適化ができるようになります。これは非常に高度な都市交通システムの実現です。たとえば自宅から移動しようとしたら、スマホで呼んで数秒から数十秒で空いている無人タクシーが到着し、目的地までそのまま運んでくれる。降車したらタクシーはその場から走り去り、近隣で呼んでいる別の客のところへとすかさず向かうのです。


このような都市交通システムが完成すれば、現行の有人タクシーや路線バスは消滅していくのは間違いありません。さらには自動車そのものも、マイカーという私有の概念がなくなっていく可能性があります。空車を探す手間がなくても目の前にタクシーが来て、公共交通機関なみの料金で目的地に連れて行ってもらえるようになるのなら、わざわざ高い駐車場代や自動車税、車検代などを払ってマイカーを維持するインセンティブが薄れるからです。


それでもクルマが大好きなマニアは残るでしょうが、自動車の所有はお金のかかる趣味になり、運転そのものもいずれはレース場など一部の限られたエリアだけで許される日が来るでしょう。なぜなら無人タクシーや無人トラックが大量に走っている公道では、人間の運転するクルマは事故を引き起こすノイズでしかないからです。


自動運転車は、仮想の連結によってコンボイ(車列)を縦に構成して走ることができます。コンボイでは、前後の車間距離は思いきり短くできます。また人間の運転者のように左右にふらつくことがないので、車線の幅の遊びも今ほど必要なくなります。書籍「ドライバーレスの衝撃 自動運転車が社会を支配する」(白楊社、邦訳は2019年)で著者の交通専門家サミュエル・I・シュウォルツ氏は、現行の幅11メートルの3車線道路は白線を引き直すだけで、自動運転車専用の4〜5車線道路に生まれ変わらせることができると指摘しています。


このような道路に、人間の運転するクルマが入り込んでくるのは邪魔者でしかありません。自動運転だけが存在する道路では、ガードレールや中央分離帯なども不要になります。さらに駐車場も大幅に減らすこともでき、都市のインフラコストは大きく低減できるでしょう。


自動運転車への給電も、現在のように充電ステーションに停車しておこなうのではなく、道路面に設置された給電装置からワイヤレスでおこなえるようになります。これはすでに日本を含めた各国で実証実験されているテクノロジーで、実現のメドが立っているのです。


自動運転車は路面からワイヤレス充電されて無限に走り続け、乗客を下車したあとはすみやかに別の客をピックアップするよう移動を最適化されます。どうしても空き時間ができるのであれば、郊外の広い駐車場にすみやかに移動させ待機させられるというかたちになるでしょう。


運行が最適化されれば、走る自動車の総数も減らすことができ、交通渋滞もほぼなくすことができます。都市を自動車で移動することで私たちが感じるイライラがなくなれば、社会全体の生産性も上がります。このように想像していくと、いまのマイカー文化というのは実にいびつな過渡期の交通でしかなく、公共交通機関としての自動運転システムこそがモビリティの未来であると確信できます。


自動運転による都市交通システムが完成すれば、車道中心に組み立てられている現行の都市の構造を、根底から変えることになるでしょう。これは社会に何をもたらすでしょうか。


ひとつの可能性としては、「あらゆる移動に無人タクシーが利用され、歩くという行為がさらに減る」という方向です。無人タクシーが路線バスやシェアサイクルぐらいの料金で利用できるようになれば、そうなる可能性は高いでしょう。

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