見出し画像

ChatGPTに呑み込まれないためには「外れ値」の視点を大切にしよう 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.752

特集 ChatGPTに呑み込まれないためには「外れ値」の視点を大切にしよう〜〜〜わたしがトークセッションやラジオ番組で心がけていること


わたしは一年を通じて、たくさんのイベントやトークセッションに登壇しています。さまざまな方々と意見を交換できるのは学びも多く本当に楽しみなのですが、ときに気になるのが主催者の対応。やたらと長い事前打ち合わせやリハーサルを求められる場合があるのです。「とどこおりなく進行したい」「無事に終わらせたい」という気持ちはわかります。


しかし事前に登壇者同士でたくさん話をしてしまうと、本番では「熱量」が下がってしまうし、一度しゃべってしまった話をもう一度蒸し返すと気持ちが乗りにくくなってしまうのです。


服部文祥さんという著名な登山家がいます。余計な荷物を持たず、身ひとつで山に入って食糧も狩猟などで現地調達するサバイバル登山を実践されている達人です。わたしが服部さんと初めて会ったのはもう10年近く前、道志の森キャンプ場で開かれていたフェスのトークセッションでした。


あの服部さんと登壇できるというので興奮していたわたしは、トークセッションがだいぶ前に服部さんを見つけて挨拶。ところが話をしようとしたわたしをさえぎり、服部さんは逃げるようにその場から立ち去ってしまいます。その後も会場でわたしを見つけると、くるりときびすを返して去ってしまう。「嫌われてるの……?」と思わず涙目になりそうでした。


ところが本番のトークセッションが始まると、服部さんはにこやかにわたしに話しかけ、議論は大いに盛り上がりました。実にナイスガイです。いったい何?ととまどいつつ、終了後に服部さんとの共通の友人に「服部さんさっきはわたしを避けてた気がするけど?」とさりげなく聴いてみたところ、こう返ってきました。「服部さんいつもああみたいよ。トークの前に相手としゃべるとライブ感が失われるからだって言ってた」


なるほどねえ。これを機会に、わたしもトーク前は登壇者とあまり踏み込んだ話をしないように心がけています。「無口な人だなあ」と思われていそうですが、事前にしゃべらない方がトークは絶対に盛り上がります。これは断言できます。


とはいえ、事前の打ち合わせをしなかったら本番でどうしゃべっていいのかわからない、予告なく答えられない質問が来たら困る、と思う人もいるでしょう。事前に質疑応答の内容を決めて確認すると、台本通りの進行になってしまって面白くならないのです。


最近とあるお仕事で、数日間にわたり連続してトークセッションを展開するというイベントがありました。登壇者は日替わりです。わたしは二日目に登壇したのですが、スタートの少し前に会場に到着して主催のメーカーの人と挨拶をすると、その人が「今日はできるだけ会話がピンポンのように弾む感じにしてください。どんどん他の登壇者の話に入っていって良いですから」とさかんにおっしゃる。


探りを入れてみると、どうも初日のトークが主催者としてはかなり不満だったご様子。トークには毎日異なるモデレーターが配置されていたのですが、初日のモデレーターは登壇者に順に質問して返答をもらったら次に行くという機械的な回しかたをしていたようで、「まるでしずしずと儀式を進めているようなトークセッションでした」と。


このような回しかたをしたり、ガチガチにリハーサルしたり、事前打ち合わせを入念にやり過ぎると、トークセッションはだいたいこのような「儀式」になってしまうのです。つまらないトークイベントが多いのは、おおむねこの儀式化が理由です。「中学生のころに朝礼で聞かされた校長先生の挨拶を、登壇者がひとりずつ繰り返している」とイメージすれば、儀式化のつまらなさがわかっていただけるのではないでしょうか。


儀式化することを避け、それでもとどこおりなく面白いトークセッションとするにはどうすれば良いのでしょうか。そのために必要なのは、入念な準備です。事前打ち合わせやリハーサル、予行演習ではありません。質疑を事前に決めるのではなく、登壇する側が質疑をシミュレーションしておくのです。どんな質問が来ても答えられるようにすれば、リハーサルや打ち合わせなどなくても大丈夫です。


具体的に、どのように準備すれば良いのでしょうか。


トークでは、基本的にテーマが事前設定されています(まったくテーマがないトークというのも稀にありますが、さすがにそういうパターンだと雑談に終始してしまうことが多い)。このテーマに沿って、自分が何を話すことができるのかをリストアップしていきます。この際、大切なのは「平均的な視点だけのリストに終わらせないこと」。


ChatGPTのような対話型AIを使い、要点を整理したりまとめたりといった業務効率化ができることが話題になっています。しかしChatGPTは使ってみればすぐにわかりますが、何を質問してもおおむね平均的な回答しか寄越してくれません。オリジナリティや独創性のある回答は、「外れ値」として除外されてしまうのです。これはChatGPTが、インターネットの巨大データから学習し統計的に標準的な回答を選ぶようにしているからでしょう。


これは「人間としての価値」という視点から考えると、逆に「外れ値」を持っている人こそが強いということになります。平均的な視点しか持っていない人は、ChatGPTに仕事を奪われてしまう。「そんな意見しか言えないんだったら、ChatGPTに聞けば十分だよ」と通告されてしまうのです。


だから「自分が何を話せるか」というリストを作成するときは、平均的な視点だけで終わらせるのではなく、なるべく「外れ値の視点」を盛り込むように意識することです。


わたしは月に二回、ニッポン放送の「飯田浩司のOK! Cozy up!」というラジオ番組にレギュラー出演しています。午前6時30分ぐらいからの出演なのですが、前夜の午後8時ぐらいにニュースネタの連絡が来る。あまり時間がないので、そのリストを見ながらざっと準備をします。この番組は外交・安全保障やマクロ経済などハードな話題が多いので、準備はけっこう大変です。


とはいえわたしはそれら分野の専門家ではないので、専門家の視点でズバリと斬る!というようなことはできません。たとえば安全保障で言えば、専門家のさまざまな発信は横断的に毎日チェックしており、平均的な見解については語ることはできる。しかしその程度の見解であれば、それこそChatGPTに取って代わられてしまいかねません。そこで、外れ値的なちょっと変わった自分なりの視点を盛り込むように心がけています。

ここから先は

10,094字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?