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ブロックチェーンは「アンチ中央集権」の夢を見るか? 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.693

特集 ブロックチェーンは「アンチ中央集権」の夢を見るか?
〜〜GAFAとWeb3はどこへ行く(後編)

前回までに書いてきたように、ウェブ2.0で誰でも情報を発信できるようになり、「アンチ中央集権」になったインターネットは、2010年代になってAIによる最適化が進み、ふたたび「中央集権」へと回帰してきています。そうなれば当然のように、「アンチ中央集権」へと揺り戻そうとする動きも出てくるでしょう。それが今話題になっている「ウェブ3」のムーブメントであるとわたしは捉えています。

 ウェブ3は、ビットコインで有名な技術ブロックチェーンを中心に考えられている新たなネットの枠組みです。ビットコインは必ずしも「アンチ中央集権」だけを目指して設計されたわけではなく、ブームに乗った人たちもそうは意識していなかったでしょうが、GAFAのようなビッグテックへの批判が高まってきた中で、ブロックチェーンが「アンチ中央集権」への期待と連携する形になり、ウェブ3という概念に結実してきているのではないかと考えます。

ブロックチェーンをごく単純化して説明しておくと(知ってる方には今さらでしょうが)、「あらゆる取引が記録されている台帳」です。そしてこの台帳は、ビッグテックが独占所有しているのではありません。ビッグテックのサーバーに保存されているのではなく、インターネットで相互につながった無数のコンピューターに、分散して保存されています。1台の台帳をこっそり改ざんしたとしても、他のコンピューターの記録と一致しなければ、その改ざんは許容されません。分散することによって、改ざんが非常に困難になり、それが台帳の情報が正しいことを担保しているのです。

ブロックチェーンの台帳には、大きく言えば次の二つの特徴があります。

「台帳を管理している企業が存在しない」
「台帳の改ざんがほとんど不可能」

このブロックチェーンの分散のしくみを使えば、プラットフォームの支配から逃れられるのではないか、と考えられています。

ブロックチェーンというシステムは、オープンで誰でも利用することができ、透明性も確保されています。「台帳」なので、ここに「○○さんにお金をこれだけ送金しました」「○○さんと△△さんの間で、こういう契約を交わしました」という記録を保存しておくことができるわけです。台帳は世界中のコンピューターに分散して同時に保存されるので、改ざんできません。つまり送金や契約が「真正」であることがつねに保証されているということになります。

またブロックチェーンはひとつの会社に運営されているわけではないので、会社の都合で記録が勝手に消されたり、会社が倒産したことで記録が消えてなくなってしまう心配もありません。

これまでのプラットフォームでは、たとえば長年書きためていたブログ記事があったとしても、ブログサービスの運営会社がサービスをやめてしまえば、記事が消えてしまう心配がありました。実際、ジオシティーズというネット草創期の1990年代に流行ったホームページページ開設サービスがありましたが、これが消滅してしまったことで、歴史的な価値のある古い記事がたくさん読めなくなってしまっています。ブロックチェーンを使えば、こういう「歴史の消失」も避けられるとされています。

さらには会社などの組織のありかたも、ブロックチェーンを使うことで「アンチ中央集権」になれるという試みも登場しています。これにはDAO(自立分散型組織)という呼び名があります。社長や経営者がおらず、メンバー同士で自主的に運営され、メンバーを管理する管理職はいないけれども、ブロックチェーンでルールが保存され、さらにメンバー全員の行動も「見える化」されているので、誰かが不正を働いたり、えこひいきをしたりという心配がないとされています。

このように「しくみ」だけを見れば、ブロックチェーンはすばらしく「アンチ中央集権」であり、プラットフォーム2への対抗馬になってくれるように見えますね。しかし、ブロックチェーンで送金や契約や組織、SNS投稿などあらゆる情報を管理していくことについては、かなり強く批判もされています。

わたしの見るところ、批判の論点はふたつあります。

ひとつは、ブロックチェーンに保存されている取引などの記録を、リアル世界の価値にどう結びつけるのかという問題です。

NFT(非代替トークン)を題材にすると、わかりやすいでしょう。NFTは、ブロックチェーンを使ってデジタルデータであるアート作品などに価値を与えるしくみです。

普通のデジタルデータは、いくらでもコピーできます。だからモノとして実在する油絵や彫刻と違って、デジタルアートの作品には高い価値はつけにくいという問題がありました。しかしNFTでは、デジタルデータひとつひとつに「これがホンモノである」というデジタル鑑定書を付け加えることができ、これをブロックチェーンで保管する。コピーされたデジタルデータがたくさんあっても、ブロックチェーンの鑑定書と照合すれば、どのデータが真正なものなのかをすぐに調べられるのです。

ここで問題なのは、NFTのデジタル鑑定書はブロックチェーンによって真正であることが証明できても、それはデジタル鑑定書に紐づけられているデジタルアート作品が真正であるという証明にはならないということです。

たとえばAさんが「これは傑作だ!」と自認するデジタル絵画を制作して、それをツイッターで公開したとします。もしどこかの誰かBさんが、Aさんのデジタル絵画にNFTを紐付けしてブロックチェーンにデジタル鑑定書を保存したら、そっちが真正になってしまいます。

ブロックチェーンの技術だけでは、このような詐欺は防げません。詐欺が横行しないようにするには、NFTを発行する信頼できるサービスをどこかの会社が運営するしかない。ではNFT発行サービスをグーグルやアマゾンが運営したらどうなるでしょう?

……結局はプラットフォームへの依存がここでも起きてしまい、「アンチ中央集権」の夢は幻となってしまいます。ブロックチェーン自体は「アンチ中央集権」であっても、公正に管理してくれる「中央集権」のサービスが存在しないとウェブ3は成立しなくなってしまうということです。技術では解決できない、そういう決定的なジレンマが存在するのです。

こういう「公正な管理運営」の隠された問題が、ウエブ3には常について回っています。暗号資産ビットコインも、ビットコインを円やドルに安心して交換できる「取引所」と呼ばれるビジネスがあるから存在できています。大手のコインベース社は全世界で利用者6800万人、2021年に米ナスダックに上場して株式時価総額は1000億ドルを超えました。これはもはやビッグテックではないでしょうか。

もうひとつの批判の論点は、そもそも完全な「アンチ中央集権」は持続可能なのだろうか、という話です。

先ほどのDAO(自立分散型組織)で検討してみましょう。経営者や管理職がおらず、メンバーによって自主的に運営される。こういうやりかたはブロックチェーン以前から注目されており、「ホロクラシー」とか「ティール組織」などと呼ばれて、「未来の組織形態」だと注目されてきました。これにブロックチェーンでのルール保存を加えたのがDAOということになるのでしょう。

能力の高さが均一な、少数精鋭のチームならこういうフラットな組織は成り立つでしょう。実際、そうやってうまく行っているスタートアップはけっこうたくさんあると思います。しかし社員が10人や20人ぐらいのときならともかく、100人を超えるような組織になってくると、能力にばらつきができてきて、メンバー個人個人の見ている方向もそれぞれ異なってきて、どうしても「管理」が必要になってくるのです。

昔、まだライブドアの経営者だった堀江貴文さんに取材していたときに「会社規模がどのぐらいの時が楽しかったですか?」と尋ねてみたことがあります。

「30人ぐらいまでがいちばん楽しかったよ」

即答でした。そしてこう説明してくれたのを思い出します。「30人ぐらいだと、同じ方向を全員で見て向かっていくことができる。『我らがチーム』って感じがある。でも100人を越えると、たとえば会社の文房具をちょろまかすヤツとか出てくるんだよね。会社をチームとしてじゃなく、給料をもらえる場としてしか見てないからそういうことができちゃう」

「ダンバー数」という有名な数字があります。ヒトが安定的な社会関係を維持できるとされる人数の上限のことで、100人から200人前後だとされています。ロビン・ダンバーというイギリスの人類学者が定昇したことから、ダンバー数と名づけられているのですが、堀江さんの「100人を越えると」という感覚は、ダンバー数とも一致しますね。この数を超えると、そもそもフラットな組織というのは成立しにくくなるのではないでしょうか。

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