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アイデアを思いつくだけでなく「アイデアとアイデアの生殖」を意識せよ 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.782

特集 アイデアを思いつくだけでなく「アイデアとアイデアの生殖」を意識せよ〜〜〜アイデアや発想は書き留めるだけでは先に進まない(2)


あるアイデアや思いつきなど発想の糸口があったら、それをふくらませて大きな成果物や新しいビジネスなどに結びつけていく。ここで大事なのは、アイデアそのものではありません。アイデアは端緒にすぎないからです。大事なのはそのアイデアをふくらませていくプロセスの方です。

アイデアは単体で存在しているだけでは意味がありません。クモの巣のように縦横無尽に他のアイデアや過去の事例、さまざまな概念とつながっていて、それらが線と線でつながっていくことで新たな成果物や事業などに結実していくのです。

科学ジャーナリストのマット・リドレーは「人類とイノベーション」(ニューズピクス、邦訳は2021年)というイノベーションをあらゆる方面から論考した刺激的な本で、「イノベーションの本質はゆるやかな連続プロセスだ」と喝破しています。

たとえばコンピュータは突然発明されたものではありません。「コンピュータの物語は幾通りにも語ることができる。ジャガード織機から始めたり、真空管から始めたり、実践から始めたり、しかし深く調べれば調べるほど、見つかるのは突然躍進する瞬間ではなく、小さな一歩一歩の積み重ねになりそうだ。この日より前にコンピュータは存在せず、以後には存在している、と言える日はない。ある猿人はサルで、その娘はヒトだと言えないのと同じだ」

飛行機が発明されたのは、ライト兄弟が初飛行した19031217日だとされています。しかしリドレーに言わせれば、これも「大躍進にはほど遠い」。ライト兄弟の初飛行は数秒しか続いておらず、「ぴょんと跳んだのとさして変わらない。強い向かい風では不可能だったし、その前の試みは失敗していた。その瞬間の前に、数年にわたる長くつらい研究、実験、学習があって、そのあだいに動力飛行に必要な要素すべてが、ゆっくり少しずつ集まった」

マグカップのような単純なものにさえも、同じことが言えます。粘度を焼いて、釉薬をかけて焼き、それにロゴやイラストを印刷するという技術があり、さらに言えば新石器時代に発明された「容器に水を入れる」というアイデアがもっとも古い基盤になっているとも言えます。

これは現代の先端テクノロジーにも当てはまることです。グーグルの自動運転車も、フェイスブックのVRも、インスタグラムのようなSNSも、それまでにすでに存在していたさまざまなテクノロジーを巧みに組み合わせたことによって生まれてきたものです。

これをリドレーは「アイデアが生殖(セックス)するときに、イノベーションが起きるのだ」と挑発的なことばで言っています。「人びとが出会って、物やサービスや考えを好感する場所で起こる。これで、イノベーションが孤立している場所や過疎の場所ではなく、交易と交換が盛んな場所で起こる理由の説明がつく。つまり北朝鮮ではなくカリフォルニアであり、フエゴ群島ではなくルネサンス期のイタリアだ。さらに、中国が明王朝のもとで貿易に背を向けたとき、イノベーションの優位性を失った理由の説明もつく」

このようにリドレーは、アイデアとアイデアが交流や雑談などによってぶつかり合うことの大切さを問うています。これは都市の意味についても重大な示唆を持っています。都市は単に人がたくさん集まって住んでいるだけでは持続せず、そこでさまざまな交流が行われてこそ新たなイノベーションを生み出し、持続性をもたらすということなのです。

日本では戦後の高度経済成長で、企業が地方都市に多くの工場を建てて雇用を生み出しました。それらの都市は「企業城下町」と呼ばれていました。しかし2000年代にグローバリゼーションが進行して企業が工場を海外に移転するようになると、日本の地方都市からは工場が喪われ、空洞化が進んで企業城下町はどこも衰退しました。人が集まって労働をしているだけでは持続性はなかったのです。

さて、リドレーが「人類とイノベーション」でおもに語ったのは、人と人が交流による「アイデアの生殖」でしたが、これはただひとりの個人の思考にも当てはまることです。先ほども書いたように、アイデアはただひとつの物体として存在しているのではありません。それは蜘蛛の糸のように細い糸で縦横無尽に広がり、他のアイデアや既存事例、既知の概念などとつながっています。ひとつのアイデアを膨らませれば、何十もの新しいアイデアにつながる可能性があり、そこで「アイデアの生殖」が起きる可能性があるのです。

この蜘蛛の巣をたどるような「アイデアの生殖(セックス)」プロセスを、自分ひとりであっても続けていけばささやかな前進をしていくことができます。このために必要なのは、日々持続的に使える「空白の時間」です。

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