見出し画像

AIが仕事を奪うのでなく、「AIを使いこなす人」が仕事を奪う 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.780

特集 AIが仕事を奪うのでなく、「AIを使いこなす人」が仕事を奪う〜〜〜「テクノオプティミスト宣言」を読み解く(3)


シリコンバレーの最も著名なベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)」の共同創業者であるマーク・アンドリーセンがこのほど発表した「テクノオプティミスト宣言」。これを紹介しつつ分析するシリーズの3回目です。



テクノオプティミスト宣言では、アンディ・ウォーホルのこんな言葉が紹介されています。


「この国の素晴らしいところは、最も裕福な消費者が最も貧しい消費者と本質的に同じものを買うという伝統をアメリカが始めたことだ」


「大統領がコーラを飲み、エリザベス・テイラーがコーラを飲む。コーラはコーラであり、いくらお金を積んでも、街角の浮浪者が飲んでいるコーラよりおいしいコーラを手に入れることはできない。どのコーラも同じで、どのコーラもおいしい」


アンドリーセンは、ウェブブラウザやスマートフォン、チャットボットなどもすべてコーラと同じであると言います。富裕層だけの特別なブラウザとか、特別なチャットボットなんてありません。スマホはたとえば金箔張りの高級な製品を作ることは可能ですが、だからといって機能的に普通のスマホを上回ることはできません。


わたしは昨年、前から使ってたApple Watchを買い替えて、最新のApple Watch Ultraを購入しました。13万円近くもして「こんな高価な腕時計を買うのは初めてだ!」と思ったのですが、頑丈でアウトドアでも心配なく使えそうだし、画面が大きいのも好みだったからです。使っていて感じるのは、2023年の現時点でこれ以上の高機能で高性能な腕時計は存在しないということ。


世の中には何百万円もする高級な腕時計があり、それらに価値を見いだし、大事にしている人もたくさんいます。その価値や考えかたを否定するわけではありませんが、どんな高級腕時計であってもApple Watch以上の性能を持つことはできないのです。少なくとも現時点では。


Apple Watchは使われている素材や内部機構など物質としての価値は、高級腕時計には劣ります。しかしクラウドと同期して、データを扱いアプリケーションを駆動できるからこそ価値がある。アンドリーセンはこう書いています。


「テクノロジーによって、バックミンスター・フラーがエフェメラル化と呼ぶもの、経済学者が脱物質化と呼ぶものに、最終的に世界は導かれると私たちは信じている。技術の進歩は、すべての人の物質的な豊かさにつながるのだと私たちは信じている」


「私たちは、自分たちはテクノロジーに支配されるのではなく、これまでも、そしてこれからも、テクノロジーの支配者であると信じている。被害者意識は、テクノロジーとの関係を含め、人生のあらゆる領域において呪いであり、不必要で自滅的なものだ。私たちは犠牲者ではなく 、征服者なのだ」


とはいえ、このようにテクノロジーがGDPの数字には現れない豊かさを実現するのは間違いないとしても、そもそも「AIが仕事を奪う」と不安視されている現在に、このようなテクノロジー楽観主義が果たして通用するのかという疑問は当然生じてきます。


求人情報サイトを運営するIndeedが、米国での調査に基づいて興味深いレポートを配信しています。



このレポートでは、「平均して、若者・男性・ヒスパニック系の人々が、生成AIに影響されにくい分野で働いている傾向がある」と指摘しています。たとえば若者は、職業経験が浅いために飲食店のフロアなど高度なスキルを必要としない仕事に就くことが多い。この手の仕事は生成AIには奪われにくい、というわけです。


ところが正社員などになって、管理職に就くようになると、逆に生成AIに仕事を奪われやすくなる。つまり管理職の業務の多くは、生成AIで代替できるということです。Indeedレポートは「25~54歳の現役世代にとって最も一般的な10の仕事のうち、生成AIは7つの仕事を得意とすることができる」と説明しています。では残り3つは何かと言えば、「製造や組み立て」「荷物の積み下ろし」「食事の準備とサービス」。つまり手などの身体を使う仕事は、AIには奪われない。そうではない仕事の多くはAIに影響を受けるということです。


「ホワイトカラーだからテクノロジーの時代にも安泰」「工場労働はロボットが担うようになる」とかつては言われていましたが、実際にはホワイトカラーの仕事の方が将来心配だというのが、生成AI時代に明らかになってきたことです。逆に職人的な手仕事の方がAIに影響を受けにくいのです。


同時に55歳以上の高齢労働者は、運転や清掃、衛生、交通整理など現役世代に忌避されがちな仕事に就いていることが多く、そしてこれらの仕事は実はAIには影響されにくいという皮肉なことにもなっているとレポートは指摘しています。


先に「若者・男性・ヒスパニック系の人々が、生成AIに影響されにくい」と書きましたが、この意味がもうおわかりでしょう。これらの属性の人たちは肉体労働に就いていることが多く、だからAIに影響されないという当たり前の話なのです。いっぽうで女性は管理職になかなかなりにくいという「ガラスの天井」問題が良く指摘されますが、これが結果として女性の仕事をAIから遠ざけるという、これも何とも皮肉な結果になっています。

ここから先は

12,835字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?