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川柳句会ビー面 2023年11月

匿名互評の川柳句会の選評と投句一覧。目次に無記名の句一覧があるため、無記名句一覧の仮想体験も可能。



人生のそとがわに待つおまんじゅう

 人生のそとがわとなると死後と生まれる前とある。「待つ」という言葉から死後の気がしてくる。死後に待つおまんじゅう。なんだか大きい気がしてくる。ハッピーだ。
──────スズキ皐月
 「人生のそとがわ」というちょうどよい詩性、そこで待ち構える「おまんじゅう」という存在がゆるキャラのように微笑んでいる。
──────小野寺里穂
  人生のそとがわをまるで縁側みたいに設置し直してくれるおまんじゅうの姿が、どこまでも優しい。いつかそとがわに来てしまったときも、腰掛けるようにおまんじゅうを手に取って、自然にその場所を受け入れることができそう。
──────城崎ララ
  ありそうと思いながらも精度が高いので気になります。おまんじゅうの「お」に、なにか他にないものがある気がする……。
──────西脇祥貴
  魅力なおまんじゅうで、存在感がある。光あれ朱欒の句のイメージと通じるように思えて面白かった
──────公共プール

スケッチアンドスキップで脱獄

 かろやか。描いた絵のなかへ逃げていったみたい。
──────城崎ララ
 スケッチとスキップの組み合わせって用例あるのかな、と思ったんですがなさそうです。とすればそれぞれの語本来の意味から広げて読んで良さそう。
──────西脇祥貴

ファイナルファント 本気の嘘 アジー

 「ファイナルファンタ 本気の嘘 ジー/ファイナルファン 本気の嘘 タジーだったら取らなかったなあ」というのが第一印象だった。でもそれは、「ファイナルファント 本気の嘘 アジー」という形式で出されたからこそ逆説的に発生する感情であって、前二者を最初から出されたらそれが取れないとは思わなかったはずだ。
──────南雲ゆゆ
 ファイナルファンタジーを断裂させる発想とカナ表記なのがいい分、間に挟まるのが本気の嘘、でいいのか? という気がしました。けど飛び過ぎても混乱しちゃう、これはかなりデリケートなことば選びが必要そう……。
──────西脇祥貴
 行為、扇動、造語。
──────ササキリ ユウイチ
 本気の嘘が弱かったです。
──────雨月茄子春

二階からはずれの紙が降ってくる

 川柳の言い回し、情景として非常にスタンダード。翻ってなかなかできないことを成し遂げていると思う。
──────小野寺里穂
  整ってますね。上から紙が降ってくる、といえばアジビラですが、ここでは「はずれ」。マンガ、それも昭和のにおいのする漫画の世界。
──────西脇祥貴

春は嘘 街に出口がないからね

 二つ目の嘘句。嘘って使いやすいんだな……。でもこの句はその言い切りよりも、その後の理由と組み合わせの方がふるっています。そこから言い切りに戻って読んでいくとおもしろそう。
──────西脇祥貴

お金がない! ぴぽぴぽぴぽ パンドラバッテリー

 パンドラバッテリー、調べたけど調べたうえでよく分からなかった。PSPといういにしえの単語だけはわかって、いにしえ……の気持ちにはなれたんですけどね。ただ分からない方が良かった句かなとは思いました。このぴぽぴぽぴぽがな……犯罪に手を染めたことによる通報のぴぽぴぽぴぽなのか、ドラえもんのあれなのか……。
──────西脇祥貴

yeah    胎盤の汀からわるくこんにちは!

 よいよい。いまは濃いものが欲しい。胎盤の汀でも、汀からわるくこんにちはでも、わるくこんにちは!でも欲しいし、ぜんぶ欲しい。胎盤に水の連想語がついていながら、新しいイメージの創出に成功していると思う。a.会話可能であることが、生まれ落ちるか否かを決められるかどうかという話を無視している。少し言い換えると、例えば芥川の河童を想起しても、反出生主義を想起しても仕方ないと思える。b.子宮に、羊水に落ち着く、あの包み込むというイメージを放棄している。c.ここは握られたマイクである。
──────ササキリ ユウイチ
 とりあえずyeahって言ってから、あと突拍子もないことを言う句がやりたくて。
──────西脇祥貴

消えかけるスタンプラリーに降嫁する

 降嫁! この降嫁の使い方はおいしすぎるでしょ……。和宮降嫁の降嫁でしょ、え、ほか用例あるのかな、あったとしてもこの句の絶妙な設定にはそう勝てないのでは。スタンプラリー、しかも消えかける。いままさに消えつつある。そんなせつない嫁ぎ先。しかもスタンプラリー。ゆるやかな強制。嫁ぐ、という行為にまつわる暴力のことをにおわせてなお窮屈です。
──────西脇祥貴

深海のオムそばほどに明かれない

 明かれないっていう言い回しはないと思ってやっていますが、あるのでしょうか。
──────西脇祥貴

圧迫骨折している酢豚

 博士は日常の風景を小洒落た言い方で楽しませるのがいっとう好きなのであります。
──────雨月茄子春
 全く想像できない上に、圧倒的に面白い。
──────南雲ゆゆ
 この酢豚には骨がある。圧迫されて肉はやわらかそうだけど、骨が挫かれているなら治してきてほしい
──────公共プール
 8・7、厳密には4・4・4・3。景はいいんですが(どこをどう見たら圧迫骨折してるって分かるんだよ)、4・4・4のリズムがちょっとゆるみすぎかも。
──────西脇祥貴

茹で時間の割に幽霊だった

 読みとれそうと思わせる塩梅がうまく、読者を気持ちよくさせる。ゆで時間が思ったよりも短いのか長いのかわからないけど、期待をかるく裏切られた結果の表現が幽霊というわかりにくさというのも、読者とこの句の語り手との親密さがあって解読されうる暗号のようでもあります。9音7音の物足りなさだと、ゆで時間は短いのかしら。幽霊を作り出すと、生者同士は勝手に仲良くなるというこでもあるし、字足らずとあっけなさが「だった」で際立つ。
──────公共プール
 博士は内容をいいと感じたのですが、なぜか硬さ(口調の)が気になりました。この内容に対して、韻律の辿々しさ、つまり「茹で時間の割に」がカクカクしていること、茹でる、なのに音が角ばっている、点に疑問を持っています。「幽霊だった」のあっさり感では支えきれていないように思うのです。
──────雨月茄子春
 幽霊と聞くと、無意識に人間の姿を思い浮かべるが、ここではひよこのことだろう。卵は茹で時間によって、半熟から固ゆでまで様々に変化する。言葉の衝突ではなく、言葉のイメージを丁寧に渡っているのが良い。その繊細さが、卵を幽霊に見立てるまなざしと共鳴している。
──────南雲ゆゆ
 なにかの隠語っぽさもあるのはそのまま受け取るのが難しいからだろう。幽霊が何かを茹でているイメージが浮かぶけど正確ではない気もする。難しいけどさみしいユーモアがあるのは確かだけど。
──────スズキ皐月
 いや……いや?!二度見しても三度見してもわからん、わからなさが愉快。「茹で時間の割に」って何〜?!そこそこ長く茹でたのに「幽霊だった」ってこと?!謎が多い、多すぎてもう笑うしかない。何を茹でたのかも、何がどうなるのかを期待していたのかも不明で、だけど幽霊ではないものを期待していたみたいで……勿論茹でて戻すタイプの乾燥食品の可能性は捨てきれませんが、この素直な落胆からの幽霊落ちが見事に句として収まっているところがなんとも良く、好きだ……になりました。
──────城崎ララ
 16音の不安感って使えそうな気がしていて、それに幽霊はベストマッチ。ベタとも言えるでしょうがその前の条件が適当なので挽回できています。
──────西脇祥貴

アポロンもスタミナ定だっつーわけよ

 博士は音感のよさを高く評価しました。
──────雨月茄子春
 ランチタイムの隣席の会話……と思えばアポロンは誰かのあだ名に収まってしまい得るはずなのに、そうならない。ちゃんと神様のアポロンになる。頭に置いてあるからかな? あとアポロンとスタミナ定もどっちかといえば近いはずなのに、そこもあまり引っかからず読める。これは口調のおかげか。平句のいい句、というかんじで好きです。
──────西脇祥貴

銀紙に銀のこころがあるならば

 博士は、魚心水心を下敷きにした句と読みました。あるならば、どうなのか。の前に、銀紙というくだらないものから銀のこころというかっちょいいものを引き出してきたところで二重丸をつけたのであります。
──────雨月茄子春
 あるならどうなるんだろう。あえてあるならと言ってるのは大抵の銀紙に銀のこころが無いからだろう。銀のこころは何か高貴なものなんだろうか。銀紙だってものによってはレアなはず。納得感はないのだが、こうしたモヤモヤが心地いい。不思議。
──────スズキ皐月
 仮定終わりといえば川合さん(『リバー・ワールド』の最終句を思い出されたい)。というか現今川合さんを連想させないサムシング川柳なんてあるのかと思っちゃうくらい川合さんの影響力は甚大ですが、この句はそんなに川合さんエピゴーネンじゃない。
──────西脇祥貴

光あれ(言ってろ)緯度のない朱欒

 毎年冬になるとご近所さんに朱欒をいただく。食べごろになるまで台所の適当な場所に置いておく。光少ない冬の台所に鎮座する朱欒は太陽のようだった。なぜ緯度?と思ったけど、朱欒を食べる時を思い出したら腑に落ちた。包丁で切り込みを入れるとき、地球を経線に沿って切り分けるときの切り方に似ている(舟状多円錐図法的な)。こういう身体感覚や生活感に沿いながら別の世界に連れてってくれる川柳を作れるのが羨ましい。また、果実は緯度の高低によって収穫される種類が違い、果実には南北のイメージが付随している。それも緯度を引っ張ってきた背景かもしれない。ところで、「緯度のない」とは何か。朱欒が球体から非球体になった=切り分けられたことを示しているのだろうか。あるいは、方向を示す必要がない存在とも解釈できる。緯度のない朱欒=太陽か。神の在不在に関わらず、太陽は照らしていた。光あれ(言ってろ)。
──────南雲ゆゆ
 解釈を誘うのがうまい。光と星に見立てられた朱欒の呼応もきれい。緯度がない、というのはよくわからないけど、縦の経度で切られた朱欒を思い浮かべて光みたいだ。ふたりの発話者の対立と語り手の出現も無責任に壮大で、川柳っぽい川柳だと思った。マジで勝手にやってろの案件感がして好き
──────公共プール
 緯度の二音以外はパッケージで下りてきました。もし点が良かったら、第二句集の帯に載せます。点が悪かろうが載せます。
──────西脇祥貴

本を読むごとに色づく狭い家

 「家」の狭さはおそらくずっと変わらないだろう。だけれども読書という営みを通じて様々な色に満たされていく、その向日性に胸がすく思い。
──────太代祐一
 手堅くてよいと感じるが、手堅くてよいのか。「狭い」というのがポイントで、それは貧しくても本を読むことがいいことだということではなく、狭い部屋が色づくことは自分の手の届く範囲に彩りがもたらされるということであり、それは住んでいる人に反射してその人自体が色づくということだ。
──────小野寺里穂
 かなり実感の句だと思って読みました。
──────西脇祥貴
 写実的な描写。
──────ササキリ ユウイチ

来年のオマケのようなこんにちは

 読みやすいように見えてわりと混乱しています。オマケはオマケでも来年=未来のオマケ。しかも「のようなこんにちは」。……それ、どういう比喩?? しかもそれを、今、言ったか言われたかしている……。あるいは来年の、で切るにしても、オマケのようなこんにちはのことを今ここで示す理由とは……。たしかに聞いたけど、何だったか全くわからないという意味で、空耳みたいな句。浮いてるなあ。なにかすごく、どこにもだれにもつかまらないところに浮いている句。
──────西脇祥貴
 博士はあいさつの是非を問いたく思いました。こんにちは、こんばんは、は、川柳の中に出てくると冷えていて怖い印象になると考えています。ある種、冷やすための記号として機能している気がするのです。「来年のオマケ」という前置きは、冷やす機能に乗っかりすぎなのかもなと思うのでした。
──────雨月茄子春

つかの間をつなぎ合わせて二重とび

 「つかの間」u-a-o-a、「つなぎ合」u-a-i-aの音の連なり、つかの間とは2つの地点の間のわずかな時間を指すこと、つなぎ合わせるとは複数の別の個体を接続させること、二重とびは2つの回転をジャンプすることと考えると、すべてが韻を踏んでいて素晴らしいラップだ。
──────小野寺里穂
 もし生活の中のつかの間をいちいち指さしてつかの間、つかの間、って捕まえていったとしたら、二重とびできちゃうくらいたしかにあると思う。村上隆さんの、母乳で縄跳びする像を思い出しました。それくらいやってることはアヴァンギャルドなのを、そうと見せずに書いてあるのがいいです。音のつなぎにも配慮が見えるし。あと「とび」がひらがななので、鳶とかと美(and beauty)とかも入れられるんじゃないかな、とも思ったしそれを許容してくれる器のある句だと思いました。
──────西脇祥貴
 軽快さと必死さが儚くて素直だと思った。なわとびの短詩は少ないから価値があると思った。ただ、こういう整合性のあるきれいな景の物語は短歌のほうが得意な器だと思う。
──────公共プール

平等はつめた~い飲みものだ。無味

 博士は、結句の二音で綺麗に締められていると感じました。
──────雨月茄子春
 17音。それをまず言っておきたくなるくらいリズムが固有です。言い切りのしつこさみたいなのってあって、言い切りが川柳の強みなのはわかるんですけど、たくさん読んでるとそのうち「わかった、わかりましたから!」ってなるときがあります。そんなに他者の認識を更新したがらなくても、みたいな。しかもそれさほど斬新な認識でもないスよ、みたいな。ジャンルの中にいるとしかたない事なのかもしれませんが、この句の言い切りにはそういうしつこさがないです。平等、なんて大看板を持ってきていながら! つめた~いの表記の力が思ったより大きいのか……。とにかくそういう三要素ばっちりの見せ方がジャンルにもたれていないし、そのあとの「無味」が意味ありげでいながら、前と絶妙に切れているのがなおいいです。句点だけでなく、つめた~い飲みものは必ずしも無味じゃないのに、しかもつめた~い飲みものの特性ってそこじゃないのに言う、「無味」。最後まで軽~くうがちが効いてます。「平等」といえば、の句になってると思う。
──────西脇祥貴
 捉え方が難しいのですが、気になる句。どこからとっかかって読めばいいのかとても迷う……でもとても気になります。つめた〜い、自販機のやつですよね。自販機で平等が売ってるなら誰でも買うことができるのだし、けれどそれが無味なら、好き好んで買うひとはそういないだろうし。うちに帰って中身だけあっためたら意外といけるかも。平等って……何……?
──────城崎ララ

よろこびマカロニ今夜は俯いて

 「よろこびマカロニ/今夜は俯いて」で読みました。よろこびマカロニ。たぶんマカロニの、普通の線みたいなのではなくて、なにかの形になってるタイプ。色付きだったり、アルファベットだったり。よろこびマカロニはグラタン?スープ?食事のなかに入ってて、でもそれが並ぶ食卓で、作中主体は俯いてる。なぜでしょう。句をひと息に読めば、「よろこびマカロニ今夜は俯いて」4・4・4・5のリズム感でよろこびに押し切れそうなのですが、8・9で視点を変えると作中主体の感情は不透明になります。俯くのがスープに沈んだマカロニをさぐるためなら、きっとこんなに物悲しい気持ちにはならない。おまけに夜だから余計に泣きたくなるし、何かが上手くいかない今夜だったのかも、なんて想像してしまう。何か上手くいかない今夜を、せめて何か良い夜に変えるために、とっておきのよろこびマカロニを、お料理に使ったんじゃありませんか?自分の為のお料理でありますように。自分の為のよろこびでありますように。美味しく食べてください。
──────城崎ララ
 意味内容より音の良さで選んだ。気になるのは「よろこび」と「俯く」ことが結びつくこと。「今夜は」もあるからか、どこか時間の経過も感じさせる。マカロニの色合いとかはよろこびっぽいけど、経過で冷えていくみたいな性質は俯きっぽい。うまく言語化できないが納得は強い。
──────スズキ皐月
 音を重視したのはよくわかるんだけど、よろこびマカロニの陽気さが俯くなんてもったいない。そんな夜は踊る木しかない。驚き桃の木山椒の木よろこびマカロニ今夜は踊る木じゃろ!!イタリアの?陽気さが夜をマカロニ色に輝かせて月明かりもたじたじですわこりゃあ。
──────公共プール
 これも17音ですけど8・4・5で17、最初の8が一気に読める調子です。よろこびマカロニ……ビー面への信頼感がすごい感じられる語だし、実際ようやるな……ってくらい好きなんですけど、人を選びそうではある。しかし音がいいですね、よろこびとマカロニで踏んでるし。同じ8音の食べ物で音が大好きなやつに「焼き鯖わさび菜」があるんですが、並ぶくらい好きです。閑話休題。後半、俯いて、と受けているのが、句を一面にしていなくておもしろいです。よろこび→俯いてだけだとちょっと転じ方が安直ですが、そこに「今夜は」の特殊を添えたのがいい感じ。序盤ぼんやりめな分いい塩梅です。ゆるキャラの楽屋裏みたい。
──────西脇祥貴

台無しにしたくないから、のに、橋だ……

 17音。って言っておきたい句が多くていいなあ今回。それはともかく、ある方の繰り返し言っておられるように、川と川をつなぐものが、橋だ。この格言、地形的なリアリティに囚われると違和感が生じますが、川と橋を隠喩と捉えれば意味深長に見えてきます。とはいえぼんやりしてるとは思うが……。閑話休題。この句では「から」と「のに」が橋。切実な「台無しにしたくない」の気持ちから何につながるのかは明かされませんが、そこへの接続詞を吟味するうち、橋のことをユリイカしちゃった句と読みました。前記の格言を受けてもおもしろいし、なかったとして、接続詞が橋であることに気づいた句としてもおもしろい。橋の画が孤独な思考にばっちり被さってスケールが出ます。と、ここまで書いて、自分がだいぶ格言に引っ張られているなあと気づきました。反省。
──────西脇祥貴
 韻
──────雨月茄子春

ヘアゴムのいくつあっても物足りない

 ヘアゴム30本セットを買ってもいつのまにかなくなっている。たまにしか使わないバッグの内ポケット、洗面台の窓枠、職場の引き出し、色々当たりをつけて探すけど見つからない。そういう状況のことなのかな、と共感する一方で、鑑賞するときにとっかかりがない気がした。散文だと「ヘアゴムは」となるところを「の」にしているので、詩っぽさはあるけれど、内容そのまますぎるかな、と惜しいと思いました。
──────南雲ゆゆ
 ドリフの大爆笑、と同じ「の」の用法だと思いました。のび太の恐竜の「の」と同じ。ヘアゴムが主語で、いくつあっても物足りない、がメインタイトルといった趣。曲名かな?
──────西脇祥貴

起きて。しずかな火事に生まれかわって

 どこか日本離れ、現代離れした雰囲気がある。現代日本だとしずかな火事はなかなか成立し難いからだろう。過去の海外で起こす人も起こされる人も子どものような印象を受けた。子どもなのは財産をすべて焼く火事の悲劇性とこの句のイメージの食い違いからの印象だと思う。子どもの方が火事の遊戯性が前面に出る。また「起きる」と「生まれかわる」の二段階の覚醒も子どもの方がふさわしい気もした。いずれにしても炎の本来の美しさ、神聖さを内包した良い句だと思った。
──────スズキ皐月
 17音。太代さんの花屋の火事といい、ビー面に出る火事の句はしずかな印象の句が多いですね。でも燃え盛っていると思う。サイレント映画の火事みたいに。あれきれいですよね、音も臭いも熱もない火事。それだけないから絵空事にできるのできれいだって思えるのかも知れないけど、なんでしょうね、時勢ゆえか、爆撃の火事を思い起こしてしまう。爆撃の火事にも音も臭いも熱もないのに、とたんにきれいだと思えなくなる。火事にもきれいなものとそうでないものがある、と思っていることがわかり、そんな恣意的な火事の分類をしている自分に反吐が出る。火事は火事。災害だし、誰かがそこで傷ついている。そういうことを思い出させる方の火事なんじゃないかな、と思いました。それでもそれに生まれかわること。きっとこの起きて、の声はずっと、ずーっと前からしていたんだ。生活にかまけて、聞かずに来ただけなんだ。それでもいい、それでも死ぬまで過ごせてしまうけれど、それでいいのかな。と思うときに、やっと聞こえる「起きて。」。そうしてすぐ言われる生まれかわってには、とまどうほかありません。生まれかわれるのかな。どうやればいいのかな。わからない。不安しかない。でもそこに立てた、っていうことからきっと、またなにかが始まる。この三年がそうだったように。最終ずいぶん自分に引き寄せてしまいました。以前、小野寺さん句と読める句にはさらに小野寺さんハードルがつく、と言ったことがありますが、これだけ書かせてもらえたら十分超えてると思います。こうやって考える時間をくれてありがとうございます。特選です。
──────西脇祥貴
 エモすぎる。読者への呼びかけ、「しずかな火事」から想像されるカルシファー(=魂=火の悪魔)、転生、エモ要素てんこ盛り。カルシファーがエモいかは人によるかもしれない。
──────小野寺里穂
 言い換えれば、火事は必要であるということだ。
──────ササキリ ユウイチ
 博士はwake upの呼びかけとしずかな火事と生まれ変わってという呼びかけは、やや近いのではないかと思いました。このときの近い、は、語句の近さというより、ポエジーの近さのことであります。
──────雨月茄子春
 静止画から動き始めるその瞬間を切り取ったみたい。
──────南雲ゆゆ

むにむにの三合怒鳴る誤字脱字

 コロケーション崩し、というササキリさんの提言があって以来、その観点が鑑賞に使えるようになってきたのですが、まさにこの句は崩しまくり。「むにむにの」「三合」「怒鳴る」「誤字脱字」。"4つのコロケーションなき組み合わせ"。これが成功したとき、情の侵入を拒み、解釈の侵入を拒み、ただ文字列そのものとしてあろうとする句の自我みたいなものが立ち現れてきます。作者の、じゃなくて句の。それは大変な脅威ですが、同時に孤高でもある。そういう句とは永遠に手を結べないのかな? 結ぶ必要もないのかな? ちょっとまだ、取り扱いがよく分かっていません。でも川柳にはその居場所がある。それだけがたしか。こういう句だけが、徹底的にコロケーションを殲滅した句だけが並ぶ荒野が見たい、という欲が出てきました。出てきましたので並選です。
──────西脇祥貴
 誤字脱字で怒鳴る場面はあんまりない。私は、うちの死んだばあさんの名前が間違えられて喪主の父が怒ったくらいしか見たことがない。所詮むにむにの怒声だから、三合分なんて少ないようだけど、結構怒ってる。ただ、これだけ迎えに行っても全然乗れなくて不思議だった。自分にはない魅力があるのだとは思う
──────公共プール

駅員はわるくないけどあやまって

 駅員以外もだぞ。
──────西脇祥貴

ぽっと出の色慾だけがやってきた

 色慾、博士はこの4音のスロットが成功してるか、まだ判断ができていません。また、「だけ」という限定の仕方が安易ではないかという感想を持ちました。
──────雨月茄子春
 つまり食欲と睡眠欲は来なかったのね。という読み方より、この感覚だけを日常につなげて読むほうが良さそう。そういう瞬間はたしかにあるし、それを「ぽっと出」と言いえたのがこの句の成果です。あとの二欲は「ぽっと出」で来るかな。食欲はじわーっと来る気がする。睡眠欲は生活リズムと密接な気がする。やっぱりぽっと出は色慾だけみたい。
──────西脇祥貴

突くたびに砂金をこぼす足のうら

 相対的にいいと思った。砂金程度しかない、偽物の宝の地図に従ってたどり着いた先での貫通の、惨めな足のうら。
──────ササキリ ユウイチ
 性愛句? ジャックと豆の木×性愛句、という感じでしょうか。金の卵を産むニワトリ、みたいな。サイババみもあるな。あとは砂金の含意を掘り下げる道がある。しかしこの足、突く側の足かな。突かれる側の足かな。突かれる側だとすれば、残酷な民話の趣も出てきます。足のうら、の指定が絶妙です。
──────西脇祥貴

これ以上覆水盆に返せないヨ

 博士は語尾から逆算される口調に着目しました。この語尾があることにより、口調がモゴモゴ、モニョモニョしたものになります。加えて、「覆水盆にか・えせないヨ」と、下五の一音目が二句目に押し出されることで、さらに口調のモニョ感が強まっているところを興味深く思っています。
──────雨月茄子春
  ヨ。これまで返してきたのか。無理を通してきたのか。わざわざ一字オーバーのヨがあってこそキャラクターが発生し、それに伴って読み手の側に感情が発生することを確認した句。
──────城崎ララ
 カタカナ語尾終わり、用例は思いつかないものの、昭和臭が濃いためにおかしみと軽みがえぐくなりすぎるきらいがあります。一回やったからわかるんですけど、その前をよほど工夫しないと、語尾に目が行き過ぎてしまう。という目で見ると、やや前がそのまま過ぎるかな……。言いたいこととその気持ちは買います。
──────西脇祥貴

終日へこの頃怒鳴りつけなさい

 怒鳴る句二句目。終日への置手紙。この頃が怒鳴りつける対象なのかな、だとすればスケールの大きさが目を引きます。とはいえつけなさい、で全体の句意がねじれる面白さも捨てがたいです。そういう意味で「来年のオマケのようなこんにちは」の句に近いとらえられなさがありますが、「来年のオマケのようなこんにちは」の句の方が体言止め(?)でイメージがやや結びやすく、そこが取れるぎりぎりのラインかな、と思いました。
──────西脇祥貴

転職をすすめる冬のエレベーター

 場面設定が良くて惹かれた。この人が転職を他の人にすすめているのか、もしくは他の人からすすめられているのかははっきりしないが、エレベーターという絶妙な狭さがもたらす他人との親密さ、冬という季節の指定、いずれも無駄がない。全体の句のバランスとしておそらく「すすめる」は平仮名に開いたのだろうけど少し読みブレは生じるものの、読み手としてはさして傷とは思わなかった。果たしてエレベーターは昇っているのか降っているのか。
──────太代祐一
 転職と言っても条件の良くなる転職だと思ったのはエレベーターの上がる役割から来たのだと思う(エレベーターは下がるもあるけどより重要なのは上がるなのかな)。エレベーターって電車の中の広告みたいな、目に入る情報がほとんど無いものなのに、何か訴えかけてきているという感覚はよくわかって、そこをうまく掬った句だと思った。
──────スズキ皐月
 「進める」→ある人物が転職活動を進めていて、オフィスのエレベーターで身の振り方を考えているようすが思い浮かぶ。「薦める」→エレベーターが乗る人に転職を薦めているという擬人化読みで解釈できる。どちらで捉えても面白いと思うので、「すすめる」は漢字のほうがいいと思った。分かれ道があって、左へ行く看板には「進める」と書いてあり、右へ行く看板には「薦める」と書いてある、どちらを選んでも奥が深そうだと言う時に、分かれ道の前で立ち止まって議論するのはもったいない。それだけ奥行きのある良い句だと思う。ちなみに私は「進める」で解釈した。何故なら「進める」のほうが冬である必然性があるから。4月入社を見据えて面接する時期だったり、行事続きで人生を考え直したり、寒空のなか面接会場へ歩いていく状況だったり、冬と転職の組み合わせで想像力が掻き立てられる。ところで、この解釈って俳句を読んでるみたいだなと思った。この句が川柳か俳句かは問題ではなくて、私が評するときに川柳に対する評か俳句に対する評か区別つけられない、みたいなこともあるんじゃないかと。
──────南雲ゆゆ
 ①転職をすすめるは冬にかかる、②エレベーターにかかる、③転職をすすめるで切れる。どれで読んでもいいんですけど、あとわずか、どれかに決めてほしい欲が出ました。
──────西脇祥貴

余りから生ずる町の温かさ

 普段は前景に現れてこないものが、けっきょく「町」を温めているという。見落としがちなものへの眼差しそのものが温かい気がする。ほっこりもさびしくもなった句。
──────太代祐一
 ついこないだ、「余熱から始める民の物語」という句を出したのですが、出した本人だからその句に引き寄せて読んでしまいます。ゆるして……。自分の句を、逆にたどった句のように見えてしかたなくて。あー、フェアじゃないですね。ごめんなさい。勝手な親近感です。
──────西脇祥貴

総評
  博士が評を書きました。
──────雨月茄子春

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