川柳句会ビー面 2024年1月
匿名互評の川柳句会の選評と投句一覧。目次に無記名の句一覧があるため、無記名句一覧の仮想体験も可能。
ビー玉に教えを乞うたお辞儀です
じょわじょわの口のまんまで観覧車
スレとズレ隙間を縫って泳ぐ地図
3分後カップ麺は空を知る
静脈の柱がトルマリンブルー
信号のナットはちょうど鰤に似て
重なった家家あいつよりかぶく
亻で桃の缶詰め開いた夜
せえので動く 生きてるならば
ぼくたちはひかりがすきで困ってる
象だけでこんなにお墓を建てたんだね
レモン4個分のモンモンレモレモ
職歴に立ったまひじょうたいの蕎麦
原子炉ポゴ おれら不敬に笑った
まだ喉がやわらかいうちに転がる
内心、絆を爆破したいうなぎ
わかんないけどおいしそうなそらみつ
ざっとまあコギト・チョップの披講かと
ささがきの汎用性に嬲られる
キッチンで敵国産の亀が寝る
時化ること東玄関性に富み
言祝いだ途端べちゃくちゃの炒飯
王侯もしちゃった嫉妬やっぱり麩
5畳(罵声室)
ビー玉に教えを乞うたお辞儀です
「教えを乞うた」に力があって、意味としても面白い。ビー玉からお辞儀というのも奇想だけどユーモアがある。隙がない良さがつまった句。
───────────────スズキ皐月
そういうことあるなあと思いました。無機物からも学べる。どこから(フォルム? 素材? 動き?)学んだかに想像の余地があり、数通りの澄んだお辞儀がまなうらに浮かぶ点心地よいです。
───────────────西脇祥貴
じょわじょわの口のまんまで観覧車
なにか言いかけたままっぽくて好き。そのまま言えなくなってへんな空気で観覧車なっちゃうみたいな。「じょわじょわの口のまんま」のちょっと雑な言い方がそれっぽい。
───────────────城崎ララ
じょわじょわだな……なぜか絵は描けそうな感じがある、でもどういうときその口になるのかがわからない……あと観覧車なのもいい……
───────────────西脇祥貴
スレとズレ隙間を縫って泳ぐ地図
5・7・5にきちんと収めてあるので上5「スレとズレ」の体感がちゃんとそれぞれ意識されます。スレ、スレッドの略の意もあるけど擦れかな、と。
───────────────西脇祥貴
3分後カップ麺は空を知る
カップ麺から宇宙を連想したので、ここで言う空は、地球から見た空ではなく宇宙のことではないかと思った。宇宙飛行士が食べるカップ麺。そう考えるとすごくいいなと思った。「井の中の蛙大海を知らず」によく添えられる(きわめて余計な)続きから着想した句だと思うけど、そこからカップ麺に転じさせたことで、元ネタの「臭み」が消えて豊かなイメージに変わった。
───────────────南雲ゆゆ
お湯を注いで3分後。ただカップ麺の蓋が開けられるだけなのに、「空を知る」と書いたことで何故だか肯定的な井の中の蛙感になる。どことなく風通しの良さがある。
───────────────太代祐一
空の音訓のおもしろさ。カップ麺以外の選択があった気もする
───────────────公共プール
16音。ただなぜか空の字に未知の3音の読みがあるんじゃないかというへんな期待が湧きました。
───────────────西脇祥貴
外で食べられようとしているカップ麺が、お湯が注がれて3分待って、ふたをあけられた瞬間にはじめて空を見る。「そら」と「から」がかけられているのだろう。
───────────────小野寺里穂
静脈の柱がトルマリンブルー
静脈だけど柱、か……。極太静脈? 或いは静脈の束。元の生き物を離れ、静脈だけが柱ほど太い束にされて脈を打つ、その色をトルマリンブルーと見たという流れで行くと、タルコフスキーみたいに映像的。トルマリンブルー、という青が、青いトルマリンがあるので想像できるんだけど、そういう色の名前としてはないらしいところが絶妙だと思いました。まったくない名前の青を置いてもいい気がしたけど、そういう青を探すのがむずかしそう。
───────────────西脇祥貴
信号のナットはちょうど鰤に似て
「ちょうど」必須句。これがないと「いや似てないよ!」とツッコミできちゃうけど、「ちょうど」に、主体がしみじみと「鰤に似てるなあ」と思ったという実感がこもっているから、ツッコミしようがない。事実ではなく実感の話だから、否定しようがない。こんな破天荒な内容なのにしっかり土台があるという。「ちょうど」がこの句のナットなんですね。
───────────────南雲ゆゆ
鰤ってでかいんですよね。まずそのサイズ感が出て来て、ナットで鰤!? のギャップにつかまれました。
───────────────西脇祥貴
重なった家家あいつよりかぶく
風景的に重なって見える、ではなく、時節柄不謹慎かもしれませんが、物理的に上下に折り重なった家家だと思いました(縦書きにするといっそう)。それを見ての覚悟、というのはいささか力みすぎな捉え方で、さほど「かぶく」に熱量を見なくてもいいんじゃないかなと。
───────────────西脇祥貴
亻で桃の缶詰め開いた夜
言われてみたら確かに人偏って缶切りみたい。ただ、「開けた」ではなく「開いた」というのが、偶然や苦労の末の開放を思わせて奥深い。この一字があったので選んだ。本当は缶詰を開けたくもなかったし、苦肉の策として人偏を使わざるを得なかったとしたら。缶詰の桃の白かったり黄色かったりした丸さが安直だけど月のようです。昨今の私の缶詰のイメージが震災や戦地の保存食というイメージと結び付きやすくなっていることもありこういう読みになった。
───────────────公共プール
最初のイと夜のイで視覚的にリフレインする技巧がいい。ひらいたよる/あいたよる、どっちだろう?
───────────────南雲ゆゆ
にんべん! にんべんと読んで17音、そして開けるものが桃缶といういいチョイス。ただせっかくにんべんがカタカナの「イ」に類似しているというフォルムを生かすなら、視覚上もうすこしひらがながあっても良かった気がしました。ただの好みかも。あとの難は、開きそう、ということだけ。これがごんべんだったら? しんにょうだったら? と検討する余地は、ありそう。
───────────────西脇祥貴
せえので動く 生きてるならば
投句一覧の中で見てたらはあ……ん、という感じだったのが、一句で抜き出すと気になってきました。上句に対する下句の条件付けがこわく見えてきた。災害時とか、いわゆる緊急事態時はこうなるんでしょうけど、緊急事態、そう、緊急事態条項のことを思い出すとかなりこわい。しかも条件。せえので動かないやつは生きてるやつだとみなされない、落とされていく。とこれは「動く」に相応の重みを持たせた上での読み。もしフラワーロックみたいに左右に揺れるだけ、とかだったら、無機物にも集団動作によって生が与えられる、という意味の句とも取れるかも。
───────────────西脇祥貴
ぼくたちはひかりがすきで困ってる
誘蛾灯との関係についてお話いただいた記事の後記
───────────────城崎ララ
ビー面のいいところの一つにゆるさがあって、ゆるいけどなお句が成立するぎりぎりのラインを狙ってチキンレースしているみたいな人が月ごとにいるのが非常に頼もしいです。この句もすっごくゆるいところで成立していて、言ってしまえばそのままじゃん、なんですけど、ただわざわざこうして言った人はこれまでいなかったんじゃないか、というその一点のみに賭けて出された句。
───────────────西脇祥貴
象だけでこんなにお墓を建てたんだね
象のお墓の話か、象がお墓を建てた話か、象でお墓を建てた話か。いずれにしても立ち止まらざるを得ないしずけさ、広大なしずけさがあります。この広大さは、「こんなに」を含む中八+下六によるものであり、かつ象の重量と、象の持つ時間の長さが導いたものでしょう。こういう一句の中の時間の延ばし方があるんだ、としばし見とれてしまいました。だから解釈が遅れた。あまりにも広大すぎて。まだ解釈できている気もしないし、それは時間の流れそのものを解釈しようとするのと同じようにも思えて、ちょっとこわさすら感じます。むきだしの生死。むきだしの時間。単位を持つ前の時間がこんなに心許なく、怖ろしいものだとは。うすうす感じていながら、こうして改めて突きつけられるとやっぱり、怖いですね。現代が怖いわけじゃない、ずっと怖かったんだ。でも、ほんとうは怖がることじゃないのもうすうす知っている。だから抱かれているような気分にもなる。トリップはトリップでも、デヴィッド・ボウイ『ロウ』のB面のトリップ。ベルリンからアフリカ、そして時間の涯てへ。だめだ、言えば言うほど野暮だしどう転んでも特選なので特選です。
───────────────西脇祥貴
内容はすごく好きだったんですが、字余りを選んだ良さがどうしてもわかりませんでした。
───────────────雨月茄子春
レモン4個分のモンモンレモレモ
今月のかわいい大賞だと思う。意味はわからないけど「レモレモモンモン」ではなく「モンモンレモレモ」にしたところに創意を感じて良い。4個分というのもかわいくて、ちゃんと2人組になっても余りがでないようにしてあるのも優しさを感じる。
───────────────スズキ皐月
レモンの3分の2を切り出した時、残りの3分の1は、「レレンン」は、どこへ行くのか。いや、なぜレレンンだと断定できる?「レンレン」かもしれないじゃないか。モンモンレモレモが、1個目のレモンのモン、2個目のレモンのモン、3個目のレモンのレモ、4個目のレモンのレモ、というように順序よく並んでいるという確証はどこにもない。最初のモンは2個目のンと3個目のモなのかもしれない。3個目のンが2番目のモンに使われたとすれば、残った3個目のレはレンレンの2番目のレである可能性は捨てきれない。こっちは順序よく並んでるんだ。
───────────────南雲ゆゆ
そうだろうよ。
───────────────西脇祥貴
職歴に立ったまひじょうたいの蕎麦
だ、俺は。ということなんですかね。紅に染まったこの俺を。みたいな、自意識がおもしろくて、言外の文脈もありそう。会話の中で「まひじょうたい」「蕎麦」にお互いだけがわかる意味が付与されて、それを合わせて言い放った、みたいな気持ちよさがありました。職歴が出てくるのって転職のときとか、キャリアを考えるときで、どちらかというとナイーブなときだと思う。自身の経歴を顧みたら、マヒ状態になっちゃった。しかもお蕎麦に!うどんよりもお蕎麦って神経質っぽい。ぷるぷると震える神経質なひとが見えてきて、楽しい気持ちになりました。
───────────────雨月茄子春
まひじょうたいの蕎麦は美味しくなさそう。それが職歴に立っているというのは非常に良くない状態というのが伝わってくる。創意にあふれているけど伝わる面白さ。
───────────────スズキ皐月
原子炉ポゴ おれら不敬に笑った
そういうポゴがあるかもしれない可能性と、それを過去にしないといけない空気の句。笑って、と迷ったけどこちらにしました。
───────────────西脇祥貴
まだ喉がやわらかいうちに転がる
ということは喉ってかたくなるのか。喉がやわらかいうちにしかできないことはいくらもありそうです。
───────────────西脇祥貴
内心、絆を爆破したいうなぎ
このうなぎはすでに料理されてるように感じた。開かれて焼かれた蒲焼きのうなぎ。音の不思議さも魅力
───────────────公共プール
「内心、」がすごすぎる。書かれたものって全部「内心、」のはずで、誰も気づいてないけど「内心、」って置いてから発話が始まるわけで、それで何を言うかって思ったら「絆」を「爆破したい」「うなぎ」……ナンセンスで切れ味の鋭い無軌道さ、良い脳をお持ちです。
───────────────雨月茄子春
診断メーカーに「異常スロット」という診断があるのですがそこにうなぎも出てきます。ぜひやってみてください。うなぎにも企みがあり関係性があり内心がある。異常なんてことはなにもない。絆を爆破してどうなるのか、もう嫌になってるんだろうな。おつかれうなぎ。
───────────────城崎ララ
「絆」は取り扱いの難しい語だと常々思う。何故ならそこには自分個人の思いとは裏腹に、人々を同じ方向に向かせる磁場のようなものが発生して、いつの間にか「絆」という語に丸め込まれ反対できない雰囲気が醸成されてしまうからだ。それでも中にはぬめぬめとしなら、群を形成しながらもなお、「絆」の持つ嘘くささに辟易して爆破を願う「うなぎ」もいることだろう。
───────────────太代祐一
「内心、」の後に続く大喜利。
───────────────小野寺里穂
軽めの句のつもり。でも自己認識に誤りがあるかも。
───────────────西脇祥貴
わかんないけどおいしそうなそらみつ
わかんないけど良い句だと思った。
───────────────ササキリ ユウイチ
枕詞ってなんとなく知ってはいたけど、たしかにあんみつみたいですね、そらみつ。しかもあんみつより進んだ甘味みたい。というくらいまでは想像が進むので、わかんないけどじゃないんじゃないかなと思いました。
───────────────西脇祥貴
ざっとまあコギト・チョップの披講かと
コギト・チョップて。自己認識チョップ。の、披講ってなによ……。
───────────────西脇祥貴
ささがきの汎用性に嬲られる
ささがきに汎用性を見出したことに妙な飛躍があったから面白いと思った。嬲られる、がそのことに納得感を与えている。が、汎用性なんかに嬲られるのも嫌だな、というか嬲られるのは嫌だから、何に嬲られるくらいが、川柳の気持ちの良いツボをおしてくれるのかな、と考えると、汎用性だとちょっと微妙かも、と思った。ささがきと汎用性の距離を成立させているのは嬲られるなのに、汎用性と嬲られるの距離が微妙というジレンマ。
───────────────ササキリ ユウイチ
便利なのよねささがき。するの面倒だけど、してしまえばあとなんにでもできる。火はすぐ通るしたっぷり入れられる。しかしたとえささがきであっても汎用性にはご用心、という警句みたいな句だと思いました。汎用性の度合いを表すものとしてささがきを選んだのがおもしろみ。味覚にもやや訴えますし。あとはちょっと理屈っぽいか……?(漢字とひらがなのバランス?)
───────────────西脇祥貴
キッチンで敵国産の亀が寝る
まとまりがいいです。敵国産の音も面白い(声に出してみて!)し、で結局寝てるだけなのでほとんど無害。これも額縁かな、「キッチンで〇〇〇の亀が寝る」ってちょっと特殊な額縁ですが、ここへ敵国産を入れられるかという問題。かなり難しいでしょう。景色だけ見たらただただ静かで動きもない、しかもひょっとすると現実にあり得る景色。そこへ「敵国産」で乗せる色のゆたかなこと。ほんと二元論ってこういうときしかやくにたたないね!!! とっとと死語になりますように。
───────────────西脇祥貴
物語の魅力さ
───────────────公共プール
時化ること東玄関性に富み
〜性は造語が最も生まれる場所のひとつだけど、東玄関性ってのは面白い。ただし、東玄関といった時点で、もう風水の域に入ってしまっているから、川柳の自由さよりもむしろ風水の自由さ、占いの何でもあり感のほうから時化ることが成り立っている気がしてしまって、そこが引っかかる人もいるかもしれない。とはいえ、〜こと〜に富み、っていうわけのわからない文法がやれてるのは川柳のおかげだから、やっぱりこの句はいい句だと思うんだ。
───────────────ササキリ ユウイチ
東玄関、北枕とかみたいに意味があるんだろうな、調べた方がいいのか調べない方がいいのか……と思いつつ調べました。風水上の吉方位なのね。でもそういう吉兆みたいな意味以外の、独自の東玄関性があり得べきことを思わせてくれる。それがなにかは一切、掘り下げようがないけれど……。
───────────────西脇祥貴
言祝いだ途端べちゃくちゃの炒飯
音と意味のリフレインがうまい。きれいなものと汚いものが打ち消しあって落ち着くのってむずかしいことだ。たぶん肝になってるのが「途端」で、時間経過も入れ込んでるのが効いてる。序破急の好例?だと思った。
───────────────公共プール
言祝いだせいで炒飯はダメになっちゃったのか。それとも言祝いだ途端に出されたのがべちゃくちゃの炒飯だったのか。いずれにせよ炒飯に悪いことをした。
───────────────城崎ララ
「途端べちゃくちゃ」が早口言葉みたいでいい。
───────────────小野寺里穂
王侯もしちゃった嫉妬やっぱり麩
音で作った句だな、とはわかるし声に出すとおもしろい(王侯なのにしちゃった、っていいですね)けど、やっぱり麩が唐突かつ無意味すぎる。みんなご破算にしている。しかもあえて麩にルビでフ、ってしてある。もういっそ句全体が英語の名台詞とかの当て字、空耳みたいなように思えてくる。褒めてるんだか切り込んでるんだかわからなくなってきました。アヴァンギャルドなラップの一部みたい。
───────────────西脇祥貴
5畳(罵声室)
特選。個人的にこの句はもっと上の方にいてほしかった。罵声室、一人用で、こころが限界の時に入って思う存分叫んでもいい部屋であってほしいから。なまじ広いと寒々しさが増す。むしろ広すぎて罵声室としては白けた感じまで出てきた。句の番号によって罵声室の印象が変わり、結果句の姿まで変わる。仕上げをシステムの手に委ねた面白い句だと思う。
───────────────城崎ララ
どこからも隔離させられた部屋のような気がする。薄暗く長い廊下を渡り、無機質な扉の前にたどり着くとその向こうには五畳ほどの罵声室がある。部屋は防音仕様になっており、窓はなく、いくら罵っても外に聞こえる心配はない。絶望に満ちた部屋。誰が何の目的で罵声室を設えたのか、誰が誰に罵声を浴びせるのか、一切、句は説明しない。この短い文字列でここまで妄想を引き出す力が句にあることを認めざるを得ない。
───────────────太代祐一
濁点とSの響き、短律が醸し出す恐ろしさが芯を食っている。
───────────────小野寺里穂
最高だと思う。この句はたびたび、川柳的な空間の召喚の呪文の好適な例として、語られるはずだ。
───────────────ササキリ ユウイチ
これが最後に来るの、あまりにも「持ってる」。ランダムに並んでるはずだけど、何だろう、作為的なものを感じる。何者かの意思がこの句に乗り移ってるような……。
───────────────南雲ゆゆ
投句一覧の最後っていう場所があまりにも出来すぎてる。投句欄って5畳の罵声室なんですか。
───────────────雨月茄子春
だいぶ広くなった。
───────────────西脇祥貴