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[Dr. Holiday Laboratory|脱獄計画(仮)]を【徹底考察】しよう!(後で増補する計画(仮))

 わたしは『脱獄計画(仮)』のラストシーン、舞台が真っ暗になりエレベータが開くシーンで、────あたかももう一度生きようとわたし﹅﹅﹅が望まざるをえないように生きることが、わたし﹅﹅﹅の課題である──いずれにせよ﹅﹅﹅﹅﹅﹅わたし﹅﹅﹅はその生をもう一度生きることになるのだから!

しかしそれならどうして、この小説の語り手であるアントワーヌは、実に長編小説一冊分も、遠く離れたギアナで甥が直面した出来事について描写することができるんでしょうか?

『脱獄計画(仮)』p23−以下「仮」と略し項数のみ記す
桑沢(黒澤多生)のセリフで、本劇で最も印象に残った瞬間だ。

 ランボーの『母音』という詩をご存知でしょう。〈迷彩〉はむしろ、描写が及ぼす効果全体に対するカモフラージュなんですよ。たぶんあなたは、わたしが狂っていると思っている。今はだめだが、いつかわたしを信じるでしょう(仮15、最後文は『脱獄計画』p47−以下「脱」と略し項数のみ示す)。
 桑沢(黒澤多生)のセリフ……、第2幕(合計10幕ある)から桑沢は登場し、このセリフを言い残しこのシーンは終わる。かなり冒頭のシーン。観客であるわたしの頭が段々と追いついてきたあたりで奈落から這い上がってきた(仮13)桑沢の発する言葉に注意深くあることはかなり困難だったが、このセリフはかなり重要である思われる。とりわけカモフラージュという語が鍵である。桑沢の言う通り、問題は効果なのだ。
 基本的に我々は太陽の効果でしかないnous ne sommes au fond qu'un effect du soleis(バタイユ−L'Économie à la mesure de l'univers)というわけにはいかない。〈迷彩〉というのは、あの演劇の原案小説に出てきた重要な要素です(仮16)。……いや、わたしが﹅﹅﹅﹅〈迷彩〉の恩寵﹅﹅を自ら受けるようにな(仮28)るのは、最後になってからなのだが、カサーレスの原案小説『脱獄計画』における〈迷彩〉なる奇抜な実施の方法(脱148)それ自体は大した問題ではないのだ。壁は黄と青のまだらに塗られ、何本もの赤い縞が描かれていた。床が壁と接する部分は青と黄で縁取られており、残りの部分には、三色の組み合わせと、その三色の混合色のグループが見られた(脱144)。原案小説では、カステル総督が、生命体の脳と神経系に手術を施すなどをして感覚の変換をし、壁に塗られた〈迷彩〉を見る体験そのものを介することによって、通常の人間とは異なる現実を体験できるようになってしまうという、ある種のファンタジーないしSF的要素が描かれる。そう、この手の【徹底考察!】じみた感想を書きたかったのだ。ちなみに、「通常の人間とは異なる現実を体験」というのは、こうして感覚する主体が変換されることで、まさに現実に影響を及ぼすことができ、超人的な能力を手に入れられるということだ。壁を隔てたところにいる人間にも触れることができ、そうやって密室殺人が行われる。……そう聞くと面白そうではあるが、原案小説で面白いのはこういった殺人のやトリックなどといった推理小説の要素では決してないので注意してほしい。

 OK . わたし﹅﹅﹅がいかにラストシーンを知らないままに(あるいは忘却したままに?)ラストシーンに遭遇して気分が高揚し恍惚exsters(クロソウスキー『ニーチェと悪循環』文庫p122、以下「悪」)し、遡及するようにして実に長編小説一冊分も、遠く離れたギアナで甥が直面した出来事について描写することができるんでしょうか?(仮23)という問いによって高揚シタ気分hohe Stimmungになってしまったのかをお分かりいただくには、少々退屈な報告が必要に違いない。──飽クナキ厳密サ──をこの報告のモットーとし、それに従う努力をしよう(『モレルの発明』p23、以下「発」)。
 アドルフォ・ビオイ=カサーレス『脱獄計画』は、これの五年ほど前に書かれた小説『モレルの発明』の姉妹作品と呼ばれる。『脱獄計画』について詳細に話すよりも(ぜひ『脱獄計画(仮)』と合わせて楽しんでいただきたい!)、『モレルの発明』を解説(脱159)および考察することにしよう。 
 『モレルの発明』は、犯罪者とされる男が逃げるためにやってきた無人島での体験を書いた日記を刊行者とされる人物がまとめた、という形式をとる小説である。この小説の概要・あらすじ等については、林栄美子「『モレルの発明』あるいは影を追う影」(慶應義塾大学日吉紀要. フランス語フランス文学 49/50, 229-256)が詳しい。オープンアクセスなので、どなたでもすぐにご覧になれる。以降、この文献を読んだか、『モレルの発明』を読んだかの経験を半ば前提とすることをお許しいただきたい。
 太陽はまだ水平線上にあった。(いや太陽ではない、太陽の残像だった。太陽がもう沈んでいて、あるいは沈もうとしていて、それなのに太陽のない所に太陽が見える、そんな瞬間だったのだ。)私はいそいで岩をよじ登った。女の姿が見えた──色鮮やかなスカーフ、膝に組んだ両手、世界をその果てまで見はるかすような眼差し⋯⋯⋯(発45)。このようにして、私は映像の女、フォスティーヌに一目惚れしてしまう。ここでの太陽の描写は、太陽がまさに沈もうとするときの淡い輝きを描写したように思えるが、事実、太陽の残像なのだ。すなわち、太陽も映像として映し出されていた、ということが後になってわかる。われわれがふたつの月を見ながら夜を過ごすのはこれがはじめてだ。しかし二つの太陽という現象はすでにあった。キケロは『神々の本性について』でこう語っている。/太陽たちは、父の話によれば、トゥディターノとアクイリオの執政官時代に現れた。/間違って引用してはいないと思う*(発86)。私はこのように、太陽が二つに見えるという異常な出来事についてしつこく記述する。ここには、刊行者(強調しておくが、作中の刊行者なるものである)の註*が付されている。*筆者は記憶違いをしている。もっとも重要な語「対になった」を忘れているのだ。正しい文はこうである。──「対になったふたつの太陽は、父の話によれば、トゥディターとアクイリオの執政官時代に現われた。その同じ年、アフリカ人プブリウスの別の太陽が姿を消した。」(紀元前一八三年)〔刊行者註〕(発87)……この注釈が挿入された意味も、「対になった」をもっとも重要な語と言うことも、正直理解できないことばっかり(仮9)だろう。私はモレルの発明を発見(脱94)したことをこの日記で説明するのだが、後半になって、再び飽クナキ厳密サをモットーにして書いていることを強調する。この日記のはじめに、私は次のように書いた。──(中略)──飽クナキ厳密サ*──をこの報告のモットーとし、それに従う努力をしよう(発163-164)。(発23)に記されていたことと全く同じ文章である。ところが、*草稿の冒頭にはこの言葉は書かれていない。うっかり抜かしてしまったのだろうか?本当のところは不明だが、批判を浴びることを覚悟の上で、その他の疑念を抱きたくなる箇所と同様、すべて原文に忠実に従うことにした。〔刊行者註〕と註*が付される。この謎に対して、先に挙げた林(2009)は「註」が必ずしも正しくないのだとすると、上の「註」のなかで、わざわざ強調されている「原文に忠実に」という点に関しても、もちろんあやしくなってくる。いずれにしろどちらもフィクションなのだ、と作者が手の内をちらりと覗かせる、と書いている。また、こうした虚偽の記述に関して、『モレルの発明』は訳者清水徹は解説でこう述べる。いわばトリック小説、あるいは虚構のなかに虚構がある物語らしい。そう気がついたとたんに、この作品の叙述の全体が不安定にゆらめきだす。ここの叙述のどれが真実で、どれが嘘なのか、──われわれにはそれを確定するいかなる手段もない。いったいどう読んだらいいのか?⋯⋯、と。いずれにせよ、二者ともカサーレスの小説世界に対して攻めあぐねており、作者の手の内が透けているといった程度の言及か、あるいはどうすればいいのかと立ち止まることか、それだけである。しかしそれは果たして飽クナキ厳密サOstinato rigoreに基づいた態度だろうか?小説には、私の日記には、いかなる証拠もないと言えるだろうか。私は映写機と発明に関して以下のよう考察している。論理的に考えれば、モレルの期待が実現されたと見なすのは無理である。映像は生きてはいない。…(中略)…いまある機械にとても似通ったものとなるその新しい機械は、被写体の思考や感覚を捉えるものとなるであろう。われわれは、フォスティーヌからどんなにはなれていても、彼女の思考と感覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚に至る感覚を捕捉することができるだろう(発138)この小説は以下のような一文で終わる。この報告にもとづいて、分散した存在を集め直すことのできる機械を発明しようと考える方がおられたら、私はこうお願いしたい、どうかフォスティーヌと私を捜しだして、フォスティーヌの意識という天国へと私を入らせて頂きたい、と。それは慈悲深い行為となるだろう(発177)。要するに、私の願いを聞き入れて、モレルの発明に改良を加えたものがいる、と解釈するのが『脱獄計画(仮)』なのである、と、わたし﹅﹅﹅信じられ(仮44)るようになった。
 特許法第2条3項二号:方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為。特許法の庇護下にある「発明」についての実施とは、物それ自体(いわゆる「物」の発明)か、方法の発明である。モレルの発明﹅﹅とは物の発明であろう。その必須構成は、モーターと、撮影機と、映写機とである。その構成を実施の形態を説明する明細書が私の日記ということになるわけだ。だが、モレルは発明を権利化しようとしたわけではないが……。むしろ、これを引き継いで慈悲深い行為を願ったのは、私である。物の構成が示されれば、その作用により効果が導かれると考えるのが自然である。実をいうと、『モレルの発明』には効果に至る作用は示されていない。構成から効果が導けない場合、要するに物がなぜその効果を示すのかわからない場合、明細書に記されるのは実施例・実験例である。構成それ自体から導かれる効果の論理が不明な場合、実際に効果があることを実施例・実験例に示すことで、論理的飛躍が許容され、権利が認められる。このような事情により、モレルの発明は正当な時期に正当な手続きを踏めば、特許査定となったであろう。効果は、その自然法則は理解できないまでも、刊行者﹅﹅﹅が私の体験をどんなにはなれていても感覚でき、『モレルの発明』を書き上げることができる、という現実である。
 一方、『脱獄計画』における発明とは、「物」と「方法」の発明である。この手紙にわたしの発見の説明、その実施の方法、資産管理の委任状を同封する(脱148)。『脱獄計画』では、はっきりと資産の継承が問題になっている。総督カステルが手術の方法を開示し、〈迷彩〉が施された独房の保存を希望しているのだ。畳み掛けるようにして言えば、『脱獄計画(仮)』はもはや特定された「物」の発明でもなければ、具体的な「方法」の発明でもない。しかじかの効果を示す何か、なのだ。いわゆる機能クレームである。この何かにあたる構成で必須のものは、『脱獄計画(仮)』及びわたし﹅﹅﹅である。
 『脱獄計画(仮)』は、虚構性が二層化、ないし多層化したのではない。構成と作用は明かされていないのだ、ただ効果全体だけを残す。先ほど確認したように、『モレルの発明』に見られる註はたとえメタフィクショナル性に貢献していることがあったとしても、メタフィクションにすっかりと属するものではない。この点を見誤ると、『脱獄計画(仮)』のメタ構造という飛びつきやすい場所にしか没頭できず、ラストシーンを見送ることなく拍手をしてしまう、あるいは劇を劇にした制作陣同様、立ち去ることになってしまうだろう。制作側がいなくなったあとに飽くなきもう一度ダ・カーポ!を意志するチャンスを逃してしまう。

かつて存在し、今も存在するものと和解し、耐えていくことを学んだだけでなく、なおそれを、かつてそうであり今もそうであるように、繰り返し所有したいと欲するのである。しかも自分に向かってだけでなく、この人生のあらゆる劇と芝居に向かって、永遠にわたって飽くことなく、もう一度ダ・カーポと叫びながらである。しかも芝居だけではなく、根本的にこの芝居を必要とし、──この芝居を必要たらしめた者に向かって叫ぶのである。というのも、こうした者は繰り返し自らを必要とし、必要たらしめているからだ。──どうだろう?これこそが──神トイウ悪循環circulus vitiosus deusではないだろうか

ニーチェ『善悪の彼岸』五十七
(光文社古典文庫の中山訳を参照、ただし一部改訳)

 レオナルドの座右の銘──飽クナキ厳密サ──なるわたし﹅﹅﹅の存在そのもの、新たな個人(脱165)が劇場の外へ連れて行(仮44)かれてしまいませんように。

脱線﹅﹅──     (悪122)

むしろカサーレスにとって、太陽はすでに複製可能なのである。それにしても、もしモレルがモーターまでも映像化することを考えていたとしたら……(発156)、あなたはトゥトゥグリのダンスを聴くことになる(アルトー『神の裁きと訣別するために』河出文庫版p13、宇野邦一/鈴木創士訳)だろうか。太陽という唯一の構成による効果から逃れて永久機関が発明されるだろうか。エネルギー保存の法則などの自然法則に反する手段(例:いわゆる「永久機関」)がある場合は、請求項に係る発明は、「発明」に該当しない(特許庁、審査基準第III章2.1.3)。こうした事情が、刊行者﹅﹅﹅もアントワーヌも不安定なメタ構造を持つ虚構と見なし(ここまではまだ正しい)、さらにカサーレスその人やその作品、あるいは『脱獄計画(仮)』を単なるメタフィクションと捉えられかねない弊害なのである。クロソウスキーならたぶんきみたちにこう言うかもしれない、「無数の息子の亡霊たちよ、そろそろとんでもない虚構にけりをつけるときが来たのではないか」(鈴木創士「虚構にけりをつけるために─解説にかえて」、クロソウスキー『ロベルトは今夜』河出文庫版)。

……以下、あとで増補します。ひとまず、足早に『脱獄計画(仮)』のレビューとします(2023年4月13日21時)。というのも4月14日に戯曲特典の記録映像が公開されるようなので!帰りますか


桑沢(公式Twitterで加工、編集をしない限りSNS等で自由に使える写真が公開されている)


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