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【作り話】救世主
なあ、にいちゃん。
おまえだよ、おまえ。なあ、おれの話聞いて行かねえか?暇なんだろう?
どうせ待ち合わせだろう?平日の昼間にここにいるってことは、大学生か?
ここに来るのは待ち合わせの奴らばかりだ。おれを見に来る人間なんていないさ。
なあ、おまえの待ち人は何時に来る?
...10時か。ちょうどいい、あと5分あるじゃあないか。
聞いてくれよ、おれの話。
おれはこのビル前の広場に鎮座して、もう15年になる。前は別の場所で、別の金属塊として働いていた。それから溶かされて、型に流され冷やされて、今ではどっかの会社の社長だか会長だか、お偉いさんの姿ってわけさ。
見た目は立派なお偉いさんなのに、ここには待ち合わせの奴らしか来ない。会社の従業員が来ることもない。ずいぶん人望のないお方だったかと心配になる。
まあ、確かに中年の男の胸から上の像だけぽつんとあっても誰も気に留めないよな。さびしいもんさ。さびだけにな。
...笑えよ。おれは表情を変えられないんだから。
人間に話しかけたのは、おまえが初めてだ。だがな、鳥や虫、風に乗って飛んでくる綿毛のぼっちゃんなんかとはよく話すんだぜ。
聞いて欲しい話は、これさ。
ちょうど5年前の今頃、夏の初めの晴れた日、おれは運命の出会いをしてしまった...。
...おいおい、相手はツバメじゃあないぜ。王子さんじゃなくておじさんだしな。
その美しい人間の娘を見たとき、おれは一瞬で目が離せなくなった。厳密に言えば眼球は動かないから、目を反らすのは不可能だがな。一目惚れってやつさ。
その娘は毎日同じ服を着ていた。年ごろは高校生のようだったが制服は着ていなかった。いつも夕方にこの広場を通って、深夜にタバコの匂いをまとわせて再びこの場所を通る。綺麗な顔をしていたが、表情は暗かった。
あるとき、一人のご老婦人がそこのビル前の階段でうろうろしていた。荷物が多くて登れなかったんだろうなあ。そこへ件の娘が通りかかった。おれは彼女が手を差し伸べる姿を見て、「なんて優しい娘だ。どうか彼女に幸せが訪れるように」と祈ったよ。
おれは人間のように、誰かに寄り添ってやることはできない。だから祈ったのさ。
そして1年後、娘はここを通らなくなった。何かあったかと心配したが、おれは長い間ここにいたんだ。ある人間がぱったり姿を見せなくなることは良くあることだった。
娘が姿を消してからも、当たり前のように日常は続いた。おれは人間観察を再開したし、野良猫どもとも仲良くなった。
しかしその数ヶ月後、夏が終わり涼しくなってきた頃、あの娘が現れた。前より少し顔色が良くなって、こちらへ向かって歩いてくる。
...おい寝てるんじゃないか?もう少しだから最後まで聞いてくれよ。
娘はおれの前まで来て、礼を言った。正確にはおれにじゃなくて、おれが形作っているお偉いさんにだ。
どうやら、娘の父親は以前勤めていた会社をリストラされていたようだ。もともと安月給だったのだろう。父親の仕事がなくなって家が一気に貧乏になったので、娘は高校へ行かずアルバイトをしていたようだ。
ところが最近になって、おれが擬態しているこのお偉いさんの創った会社に、娘の父親が拾われたらしい。娘は、来年から高校に進学すると言っていた。大きな目に涙をいっぱいにためて、相当嬉しかったんだろうなあ。
娘は淡々と語って、もう一度礼を言って去っていった。おれは何も声をかけてやれなかったよ。世話になったお偉いさんの中身が、おれみたいなやつと知ったら、がっかりするだろうと思ってね。
おれは人間が少し羨ましくなったよ。こんなところでじっとしていないで、辛いことにも嬉しいことにも、真剣に立ち向かってみたいよ。人間のように動けたら、あの娘を口説くこともできるしなあ。
...にいちゃん、そんな目でみないでくれ。
...なあ、おれの祈りも少しは通じたのだろうか。動けないおれでも、何かを変えることができたと思うか?
まあ、おれの話はこんなところだ。暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。おれもお前の暇つぶしに付き合ったわけだ。感謝してくれ。
さあ、待ち人が来たようだぞ。気が向いたら、また来てくれ。
彼女と、仲良くな。
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