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【ネタバレ無し】テネットの劇場公開から読み取るノーラン監督が本当に言いたかったこと。

はじめに

「映画館で観た方が良いよ」
これは映画を観た人が口を揃えて言う常套文句なわけですが、当然スクリーンはでかくて迫力あるし、音もいいし、何より無料でスマホで映画がいくらでも観られるこの時代に、チケット代を払ってまで映画を鑑賞した事実を正当化したいというのもある。

かくいう僕も「テネット」を公開初週と公開二週目、計二回観てきたわけですが、これは映画館で観た方がいいと思いますよ。
あ、全然内容の考察とかでは無いので、考察が見たい人はもっと詳しい人の文献を漁ることをおすすめします。

当方、面白い映画の上澄み液だけペロペロ舐めて生きているにわか映画好きではあるものの、クリストファー・ノーラン監督の新作ともなれば去年ほどから楽しみにしていたわけです。しかしながら思わぬ形で社会の形が乱れてしまい、映画館にも行けない日々が続いておりました。(封鎖前に観た最後の映画は「劇場版メイドインアビス」でした…)

そののちジブリの再上映などなど紆余曲折を経て、やっとの「テネット」日本公開。そりゃあ二回も行っちゃいますよ。

そしてこの映画を二回観て、難解なストーリーや不可解なまでに魅力的な映像は言わずもがな良かったポイントですが、
「ノーラン監督はこの映画を映画館で観てもらいたいと思っている。」
そう感じてやまなかったというのがあります。

監督なんだからそりゃあ観て欲しいに決まってんだろ!と言われそうですが、違うんです
事実として、同時期に公開する予定があったディズニーの「ムーラン」は、結局ディズニープラスでの有料配信による公開となった例がありますが、「テネット」は違いました。「テネット」は劇場でないといけなかった。

と、前置きは長くなりましたが、今回は「テネット」を映画館で観るべき理由に触れつつ、それを主軸にノーラン監督はこの映画で何を言いたかったのか、妄想してみます。

なぜ「テネット」は映画館で観ないといけないのか

まず第一に、ノーラン監督は「IMAX」による撮影を多用してこの映画を作っています。つまりスクリーンが重要ということです。
「IMAX」が何かについては是非調べていただきたいですが、簡単に言えば「超高解像度の特殊なフィルム」です。めっちゃ綺麗だしめっちゃ画角が四角い。普通のフィルムと違う画角ゆえに普通の劇場では体裁が合わず、完全に楽しむためにはIMAX専用のシアターで観る必要があります。

僕が最初にいった劇場は「TOHOシネマズなんば」の「IMAXデジタルシアター」で、2回目は「109シネマズ大阪エキスポシティ」の「IMAXレーザー/GTテクノロジー」です。IMAXにも沢山種類がある。

このうち「IMAXレーザー/GTテクノロジー」に関しては国内最高水準のIMAXシアターらしく、国内に2館しかないらしいです。(もうひとつは「サンシャインシネマ池袋」にあるそう)
そしてこのレーザーなんとかの何が凄いかと言えば、「スクリーンがでかい」それに尽きます。
縦幅が18mあり、もはや壁に映像が映されているので視覚の全てが映像になって没入感がすごいです。IMAXの真の画角である「1.43:1」を正確に映し出しているらしく、IMAXを最大限に感じられる劇場なわけです。

海外には真のIMAXを求めて飛行機を使ってまで遠征する者も居ることを考えると、映画の全てを感じるためにIMAXシアターのある映画館に赴くのはなんら不自然なことではなさそう。

そして第二に「音」です。「テネット」は音でかなり驚かされます。

二回観た両方のシアターで感じたことですが、IMAXシアターでの低音の響き方が半端ではなく、音の波が身体に押し寄せて物理的に震えるんです。ホントに。
それも緊張感あるシーンで明確な拍がわかるBGMを流してくるものですから、これは音の波で身体が震えているのか、恐怖や興奮で心がドキドキしているのかが分からなくなります。
命の危険が迫るようなシーンでは本当に声が出てしまいそうなくらいドキドキしてました。音ってすごい。

しかも「テネット」は初っぱなから激しいバトルシーンが挿入されており、流されるBGMで速攻脳天直撃。それを感じた頃にはもうこの映画の虜になってます。
僕はまんまとBGMに囚われてしまい、毎日サウンドトラックにかじりついています。特に冒頭シーンの「RAINY NIGHT IN TALLINN」、メインテーマの「POSTERITY」はかなり中毒性が高いです。

家で爆音上映…できなくもないですが、上下左右の大量のスピーカーから最高の音質で聞けるというのは、映画館で映画を観るべき要因のひとつだと思う。

この二点が「テネットを映画館で観るべき理由」なわけですが、これなら別に「テネット」以外のIMAXで撮影された映画にも言えますね。
IMAXは高解像度だけどコストがバカ高いというのもあってそこまで多用されないとのことですが、ではなぜノーラン監督はIMAXで映画を撮るのでしょうか。
結論に行く前にこの映画の主人公についても触れておきましょう。

主人公が「主人公」である理由

この映画の主人公、ジョン・デヴィッド・ワシントン演じる主人公の名前は「主人公」です。名前はありません。「protagonist (主人公)」というワードは劇中に何度か出てきますが、日本語の解説でも「名も無き男」と打ち出されています。

名前もなければ、人生のバックヤードや家族なども出てくることはなく、なんだから知らないうちに大きなミッションにまきこまれて私、どうなっちゃうの〜!?という感じの立場です。

主人公の行動原理がわからなくて批判の対象にされたりするわけですが、この主人公、仲間を想って涙を流したり、エリザベス・デビッキ演じる「キャット」を助けるために命を賭して尽力したりと他のキャラクターと比較してなにかと感情が豊かです。

これは何かというと「主人公」は「観客」である我々の投影なのかなという風に思っています。

話が変わって「Detroit become human」というPS4のゲームがあるんですが、そのワンシーンで、「こいつ(人間の見た目のアンドロイド)を銃で撃てば欲しい情報を与えよう。撃たなければ何も得られない。君は情報を得るという仕事のために罪のないロボットを撃てるかな?(要約)」という選択を迫られる場面があります。

どっちを選んでもそれに見合ったエンディングに向かうだけなんですが、ゲーム上では明らかに「撃たない」という選択肢を選んで欲しそうな雰囲気を出してきます。それは例えば自分の仲間が「撃つんじゃねぇ」と言ってきたり、そもそもけしかけてくるキャラが前情報として黒幕っぽい奴なので明らかにカマをかけてそうだったりと、なにかと「撃たない」選択肢を選ばせるような補助が見えます。結果として「撃たない」方が倫理的に良い選択だと思うし、感動的なエンディングに繋がる布石になっています。
つまり、劇中のキャラクターには、”主人公たる行動”をしてくれた方が観客からの共感が得られるのです。(撃つルートがだめというわけではないですが…)

話を戻して、「テネット」の主人公は「何だかこうした方が良さそうだな」というような選択肢を取っていて、悲しいなと思った時には泣くし、訳が分からなくなった時はびっくりしたり怒ったりします。
これはまさに観客と同じ方向を向いているからこその演出であって、訳もわからず進んでいった先に、なぜそんな行動を取っていたかが分かるような映画の仕組みになっています。「なぜ」の部分はぜひ”IMAX”の劇場で確かめてみてください。

ノーラン監督が本当に言いたかったこと

結局のところなぜIMAXで撮影するかというのは「新しい映像体験を与えたい」みたいなことをインタビューで言ってたりしたので、その体験をできるのはつまり劇場ですよ。というのが第一の理由でしょう。

第二に、ノーラン監督は映画の公開が延期になった際、「ワシントンポスト」にこのようなエッセイを寄稿していました。

(前略)
Movie theaters have gone dark, and will stay that way for a time. But movies, unlike unsold produce or unearned interest, don’t cease to be of value. Much of this short-term loss is recoverable. When this crisis passes, the need for collective human engagement, the need to live and love and laugh and cry together,will be more powerful than ever. The combination of that pent-up demand and the promise of new movies could boost local economies and contribute billions to our national economy. We don’t just owe it to the 150,000 workers of this great American industry to include them in those we help, we owe it to ourselves. We need what movies can offer us.
クリストファー・ノーラン/ワシントンポスト 2020-03-22

まぁまとめると絶対映画館きてねって感じなんですが、僕はこんな感じの文章は映画館が封鎖されてなくても書いてたんじゃないかなと思っています。それはなぜかと言うと「テネット」の映画そのものに「映画館に来い」というメッセージ性を孕んでいるからだと考えています。

劇場で公開するものをスマホで見てもなんら問題のない(=劇場の特別性が失われてきた)時代の中で、アマプラやらネトフリやらで過去の作品は意のままに操れるどころか、未来にあるものでさえいずれ手中に落ちてくることが見えてしまっています。

そんな中で劇場の価値が失われていないIMAXというフィルムを使って魅せる「テネット」。そしてまるで観客のような動きをする主人公が最後にたどり着いた結末を見て我々は気づかされるわけです。

「映画館に足を運んで映画を観ることそのものに、映画の”未来”がある」

ということに。

なのでみんなもIMAXで「テネット」観た方がいいよ!

おわり。

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