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うまそうなところあるから一緒に飯食い行かね的なノリで投票へ

『「政治のことがわからないのに1票を投じるのはどうなのか」という理由で投票に行かない東大クラスの若者がそれなりにいるそうだ。君ならどんな言葉をかけるか』
と、数日前に言われた。
ニュアンスは少し違うかもしれない。

その時はこう答えた。
そもそも、何がどうなったらわかるという状態なのか。
投票に行かないことよりも、わからないけど行く。行ってみた。行ったという行動事実が大事なんじゃないか。
そこから興味関心が生まれるかもしれない。
みたいな事を言ったけど、どうも芯を喰ってないんだよね。
もっと何かいい言葉ないかなと考えていた。


柿の季節だ。
もらった柿を持ち帰って渋抜きしなきゃいけない。
妻は柿が「好きじゃない」そうだ。
僕は仕事があるので柿が好きじゃない妻に「ヘタに酒つけて渋抜きヨロ」と放り投げた。最低だ。
妻は夜こっそり渋抜き方法をググったようだ。
そして翌日渋抜きしていた。
すると、「柿がおいしそうに見える」と写真と共にLINEがくる。

そうそう。これだ。
好きじゃない、わからないけれど、やってみたらおもしろかった。好きになった。興味を持った。おいしそうに見えたことってあるだろう。
投票だってそうだ。
権利の使い方は自由だけど、他人の名前を書く機会はなかなかレアだ。
わからないままに箱に入れたら開票速報はドキドキイベントだ。どんな人かわからないのにさ、愛着を持ってしまうだろう。応援してしまうだろう。そこから何かを調べたって遅いもんじゃあない。
票を入れたら国会は開かない時があるし、演説でトンデモ発言する時もある。これがわかる時はいつか来るのだろうか。
不倫もするぞ。

僕の親は政治に無関心で投票には行かない人達だ。
別にそれはいいんだけど、僕はそれがかっこ悪い風に見えた。
だから投票に行くんだけど、投票権の無い娘と一緒に行くことにしてる。
あの空間は経験しておいたほうがいいだろう。

妻は渋抜きが終わった柿を食べて何と言うかな。そもそも食べるのかな。

もしかしたらマズイかもしれない。
それは「失敗」ではないんだよな。

おかげさまで、生きていけます。