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【Outer Wilds】樹液ワインと真剣に向き合ってみた

****** 注意 ******
この記事はOuter Wildsの感想を樹液ワインを題材にして発露させたものであり、本編の重大なネタバレを含みます。
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本記事で引用しているスクリーンショットは全てOuter Wilds本編のものです。






動機

Outer Wildsの主人公が住む村では「樹液ワイン」という酒が作られている。
樹液ワインが飲めないHearthianはまだまだひよっ子扱いで、樹液ワインに耐えられるような胃を持つようになると成人と見なされるという。

さて、主人公が宇宙に出るその日、村でワインを仕込み中のPorphyはこんなことを聞かせてくれる。

うわ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!初めて宇宙に出るその日に仕込んだボトル!?こんな最高の祝意がありますか!?

主人公はまだ樹液ワインのことを「消化器官への過酷な挑戦」などと呼んでおり美味さが分からないひよっ子なようだが、それを知っているであろうPorphyが「戻ってきたら"とっておき"のボトルを開けよう」と言ってくれるのは、宇宙の冒険を経て戻ってくる頃には主人公も一人前のHearthianになっているだろうから飲めるようになった樹液ワインで祝杯を上げようという気持ちを感じるし、もしその"とっておき"として今日仕込んだこのワインを開けるつもりなのであれば何の関係もない筆者が勝手に号泣する。
きっとPorphyが醸造係になってからHearthianの村で起きた事件や事故やお祝いは樹液ワインのラベルになって記録されてきたのだろうし、皆が集まる宴会で封を開けるたびに思い出されてきたのだろう(その大半が"構造的崩壊"と"住宅火災"の思い出だとしても)。
そしてそれはあとたった22分で超新星爆発とともに跡形もなく失われてしまうのだ!
あああああああああ!!!
(筆者は一度目の前で樹液ワインが閃光と共に消え失せる様を見てその日本当に寝込んだことがある)

このようにして筆者は樹液ワインという存在にHearthianの精神と木の炉辺の28万年の歴史を見出してしまい、どうしようもなく惹かれてしまった。
そして何としてでも「樹液ワイン」という存在を我々のこの宇宙で、自分の手で再現し、眼に見せつけてやり、木の炉辺への献杯としたい、そう思った……

「樹液ワイン」とはなんなのか

そもそもHearthianが酔っ払っているのはアルコールなのかという大問題はあるのだが話が進まないので、とりあえず樹液ワインは地球でいう酒と同等の工程で作られている飲料だと仮定する。

地球の樹液ワイン

なんなら樹液ワインはすでに地球上に実在している。

世界中で最もよくアルコールに発酵されている植物の糖の形態は、樹液だ。

発酵の技法 (Katz, 2016)より引用

同書ではヤシ、竹、トウモロコシ、落葉性樹木の樹液などを発酵させたアルコール飲料の存在が紹介されている。発酵に必要な酵母は糖のある所には勝手に寄ってくるものなので、樹液は放っておけば酒になるのだという。
というわけで樹液さえ手に入れば樹液ワイン作成はわりと容易なのである。

食用の樹液とは

樹液ワインの自作にあたりまず樹液を手に入れなければならないのだが、忠実にやるならマツの樹液だろう。
しかし……マツの樹液は食べ物なのだろうか?筆者はアホのひよっ子時代にマツの木からむしって食ったことがあるが、記憶が薄れていたので、最近山に行って同じ針葉樹であるスギの樹液をもいで食ってきた。味としては甘いと思えば甘いような気もするものの基本的に無味、しかもまさに「樹脂」という感じで水に一切溶けず、扱いに非常に苦慮した。地球針葉樹の樹液を素人が発酵させるのは難しそうだ。

これを食った

やはりここは樹液を煮詰めた液体、スーパーでも売っているメープルシロップが一番手っ取り早そうだ。
ここに酵母を加えて何日かおけば勝手に酒になるわけだ。
簡単ですね。

実現へのハードル

何も簡単ではないのである。
樹液ワインへの到達のためにはまだ乗り越えなくてはならない2つのハードル、「捕まる」「最悪死ぬ」がある。

(1) 捕まる

この宇宙にはアンコウより怖い酒税法という敵がいる。

第二条 この法律において「酒類」とは、アルコール分一度以上の飲料(略)をいう。
第五十四条 (略)製造免許を受けないで、酒類、酒母又はもろみを製造した者は十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

酒税法 (https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=328AC0000000006)

勝手にアルコール度数1%以上の酒を作るとそれはもう大変なことになるのだ。法は遵守したい。
まずは正当な手段、製造に許可をもらう方法を見てみると、樹液ワインは酒税法第三条十九の「その他の醸造酒」にあたるのだが…

第七条 
2 酒類の製造免許は、一の製造場において製造免許を受けた後一年間に製造しようとする酒類の見込数量が当該酒類につき次に定める数量に達しない場合には、受けることができない。
十三 その他の醸造酒 六キロリットル

酒税法 (https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=328AC0000000006)

つまり樹液ワインを約6トン作るなら正当な製造許可が降りえるということだ。正気か?他になにか方法は……

第44条 第2項関係 2 酒母等を移出等する場合の承認の取扱い
(4) 酒類等の製造者から、酒母等を酒類以外のものの原料として使用するため処分したい旨の承認申請があった場合には、酒母等に酒類として飲用することができない処置(以下「不可飲処置」という。)を命じた上で、承認を与えても差し支えない。

国税庁 (https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sake/2-18.htm)

これは消毒用アルコールや塩の入った料理酒などにも適応されている規定で、作ったアルコールがそもそも飲用不可能な物体であれば酒税法の適用外になるということだ。今回は例えば松ヤニをぶちこんで消化器官への過酷な挑戦をすれば樹液ワインとしての再現性も高くwin-winとなり、筆者の胃が終わる代わりに合法の可能性がある(*1)(*2)。

(*1) 免許を持つ事業者が不可飲処置を行う場合を前提とした規定であり、免許の無いものが最初から飲用不可のアルコールを作った場合にどうなるかは結局分からなかったので今回はパス。
(*2) 他の手段で実現可能そうなのは「どこかの農学部に学生として潜り込み研究目的で樹液ワインを醸造する」、または「2週間ぐらい自家醸造が合法な国に旅行に行って作って飲んでくる」など。

今回は手っ取り早く「アルコール分1%未満のひよっ子用樹液ワイン」という甘酒のような飲料を目指すことにした。

(2) 最悪死ぬ

樹液ワイン制作のハードル、2つめは「腐敗」である。発酵の過程で酵母以外のよろしくない菌が増えるとよろしくない成分が増え、飲むと当然消化器官と脳が死ぬ。衛生には気をつけよう。使う器具は全部熱湯とアルコールで消毒する。

また俗説として「自家醸造するとメタノールが発生する」という噂があり、これは本当に死に直結するのでやや真面目に調べてみたが、これはデマといってもよさそうだった(*3)。

(*3 読まなくていいです) まず醸造過程で一般に問題になるメタノールは「果実に多く含まれるペクチンが、果実の追熟の過程で生産されるペクチンエステラーゼによって分解される」(浅野 et al. (1996), 厚生労働省 (2020))ことで生じる。今回利用する材料は樹液であり、ペクチンは含んでいそうだが果実は関係ないのでペクチンエステラーゼの存在は無視できそう。またメープルシロップの製造には煮沸濃縮→濾過の工程があり、仮にペクチンエステラーゼが入っていても失活が予想されるし、他の樹液シロップ製造工程では濾過の過程でペクチンが取り除かれるらしい。というわけで今回の醸造ではこのメタノールは問題にならない。
一方で醸造過程でメタノールを産生する菌がいるという噂もあったのだが、これについては根拠を見つけることはできなかった。たぶん、「メタノールでかさ増しされた密造酒」と「果実由来の自己分解によるメタノール産生」の話がごっちゃになった結果、「自家醸造で発酵のコントロールを失った結果メタノールが産生される」という漠然とした噂になってしまったのだと思う。仮にそういう菌がいるとしても未だに菌株が同定されていないのであれば実用上あまり気にするほどの影響はないのであろう。

準備

このようにして、目指すものは「メープルシロップを水で薄めて酵母を加え常温で何日か放置したもの(ただしアルコール濃度は絶対に1%を超えないようにする)」となった。これなら国税庁から似たような市販の「ビールキット」を購入して自宅で自家製ビールを造る場合の指針も出ているし違法ではないはず。
アルコール濃度を抑える方法はざっくり2パターンあると考えた。

(1) すごく薄くする

とにかく液中にアルコールの材料となる糖が少なければ最終成果物のアルコール濃度が1%を超え得ない。計算した結果、水1Lに対しメープルシロップ23.5 g (*4)であれば理論上安全圏である。うっす………マジの樹液の濃度じゃないのか?

(*4) 密度1.2g/cm3のメープルシロップXgに水を加え全体の体積を1Lにする。メープルシロップが含有する糖の質量%が66, 簡単のためこれら全てが分子量180のグルコースと仮定すると, 1分子のグルコースから分子量46のエタノールが2分子生成されるため理論上はX*0.66/180 *2*46 = 0.337*X gのエタノールができる。エキス分の水への溶解は全体の体積に影響を与えないと仮定して、0.337*X gのエタノールと水が混ざって1Lになっているとき、重量%と容量%の換算表を用い、アルコールvol%=1のとき1L中のエタノール量が7.9422 gだから、X = 23.5 g (23.54)となる。 

(2) 溶液のアルコール量をモニタリングする

薄い溶液の発酵は一般的でないがゆえに変な菌の繁殖が怖い。そこで一般的な蜂蜜酒のようにメープルシロップ:水=1:9ぐらいで発酵を開始し、アルコール1%を超えないように発酵を中断する(←煮るか濾すかその場で全部飲む)ことを考えたい。
商業的な酒造りではアルコール濃度は浮標という比重計で計るようだ。筆者はとりあえず液体用の汎用的な浮標を2本買ってみた(水より軽い液体用水より重い液体用)。
これを用い、川島(1960)塩川(1999)の手法でアルコール濃度の計測を試みることにした。
さすがに自宅キッチンの精度が信用ならないので、どの程度誤差が生じるか、まずトップバリュの3%サワーを使ってとりあえず1回計測実験を行った。詳細な手順は上記文献に任せるとしてざっくり書くと、重さを計る→すごく煮る→水を加える→重さを計る である。
結果として、温度15℃で炭酸を抜いた500mlのサワーの比重が1.0, これを煮つめたものに精製水を加えて500mlに戻した溶液の温度15℃の比重が1.002となり、計算の結果サワーのアルコール濃度は 2.4 % となった。お?思ったより精度が良いな……

しかしここまでやっておいてから、今回は発酵中の材料の重量をモニタリングできるのだから、初期重量を計っておいて、発酵をやめたい段階で液中の二酸化炭素を追い出して重量を再度計り、その重量差から産生されたアルコール量が計算できることに気が付いた。クソーッ!!!!!!!

作る

上記2パターンの溶液を1Lずつ用意し、煮沸した瓶で発酵を開始した。酵母含有の材料として少量のメープルシロップを非加熱の蜂蜜に置き換え、1日1回撹拌した。(たぶん村でPorphyがやっているのも発酵中の液体を撹拌して酸素を送り込む作業だと思う。) ただ発酵が全然進まなかったので結局パン用のドライイーストを少量加えた。

発酵を開始した日の様子
一目瞭然だが←が濃い方の溶液、→が薄い方の溶液
この時点でかなり不味そうな匂いがする

薄い方の溶液は発酵が完全に終了するまで放置し、濃い方の溶液は毎日の攪拌で可能な限り泡を追い出し、重量が閾値を下回った時点で(*5)コーヒーフィルターで濾すことにした。

(*5) (*4)より今回許容するエタノール量が7.9422 gなので生じる二酸化炭素量は 7.9422/46 * 44 =  7.60 (7.5969) g となる。理科年表から20 ℃, 1 atmの水1 Lに溶ける二酸化炭素の容積は0.88 L (0℃, 1atm換算)であり、その質量は44 * 0.88 L /22.4 L = 1.73 g であるから、液中に泡が微量生じている状態で溶液の重量が7.60 - 1.73 = 5.87 g 軽くなったときに発酵を打ち切ればよい。今回は使用するキッチンスケールの精度を加味し5 g軽くなった時点で終了とすることにした。

結果

  1. 薄い溶液は案の定腐敗した(濁りが生じて雑巾みたいな臭いになった)。さすがにあの糖濃度では酵母優勢になれなかったらしい。でもそうすると樹液そのものの発酵ってやっぱりコントロールが難しいんじゃないのか?仕事になるだけのことはあるな。

  2.  濃い溶液は3日目ぐらいから泡が生じ始め、6日目で上記基準で完成した。

このようにして濃い溶液はひよっ子用樹液ワインになった。

木の炉辺への献杯

とりあえず酒のつまみにしようと思ってマシュマロも作った。 
あと白樺樹液を蒸留したジン、カナダで生産されているメープルシロップワインとメープルシロップワインを蒸留したウイスキー(いうなれば樹液ブランデー)などの「ホンモノ」を比較対象として買った。

左から自作樹液ワイン、ジン、メープルワイン、メープルブランデー

左から飲み比べをしてみる。(というか今飲みながらこの項を書いている。文章が酷いのはそのせい)

・ひよっ子用樹液ワイン
微炭酸、ドライイーストのせいでちょっとパンの匂いがする。飲んでみると語義通りのサイダーのような味。発酵の結果なにか有機酸が生じたらしくさっぱりしてそれなりにうまい。ちょっと!美味しい樹液ワインは解釈違いなんですけど!?レモン汁とジュニパーベリーがあう。まあでもワインではない。アルコール無いしな。

・ジン
よく考えたら筆者は白樺の樹液を飲んだことがないので舌が白樺の樹液の存在を検知できない。ジン、わりと白樺の葉とか蒸留しがちな気がするが、そういうやつだとKYRÖが美味くて好きなんだけどサイトの写真が酷くて今ゲラゲラ笑っている。

・メープルワイン
激うまだった。存在の"格"が違う。地球が崩壊する1時間前に教えてくれるIoTデバイス「Exaluminal」という超新星爆発を検知して地球が吹き飛ぶ1時間前に教えてくれる機械(楽曲を流す機能つき)があるんだけどこれがEnd Timesを流し始めたらまず真っ先に開ける酒はこれにする。

・メープルブランデー
なんかめっちゃよく似たウイスキー飲んだことある気がするんだけど思い出せない。マシュマロが超あう。

酔いが回ってきたらだんだん主人公がまだ酒を楽しめないぐらいの年齢っぽいことが重くのしかかってきた。そんな歳であんなことに…?でもそんな歳の万能感というか純粋に世界が好きな時期だからああいう冒険ができたんだろうな…。とはいえやっぱり宇宙から戻ってとっておきのボトルを開けるぐらいの時間が彼らに残っていてほしかった。途中で絶対GossanとPorphyがいちゃつきはじめてカスの飲み会になると思うけどそういうしょうもない思い出ももっと瓶のラベルに残してほしかったな。

まとめ

とりあえず地球の樹液ワイン(樹液サイダー)を作成して筆者はそれなりに満足した。皆さんも6日間寝ていれば勝手にできるファンアートとしていかがでしょうか。

参考文献

  • Sandor, E. K. (2016). 発酵の技法 オライリー・ジャパン

  • 浅野行蔵 et al. (1996). メタノール含量の低いフルーツブランデーの製造方法. 北海道立食品加工研究センター報告, No21, 57-63. 

  • 川島宏. (1960). エキス分測定法について. 日本釀造協會雜誌, 55(9), 569-576.

  • 塩川和広. (1999). アルコール度数の簡易測定法. https://www.shiokawa.biz/alc.html (2022-07-15 アクセス)


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