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 「努力は裏切らない」

標題の言葉は、中学校の社会科の先生の口癖だった。A男が社会科のテストで18点を取った時、そのA男に向かって、「努力は裏切らない。お前、努力が足りないのとちがう」と大きな声で言った。その言い方に対して違和感を感じていたが、どうして違和感を感じたのかは解らなかった。

後年、高等学校に入って、Y先生は、「努力してもすぐに結果が出ないこともある」と言われた。それは、そうだろうと思った。エジソンをはじめ成功者の殆どは、「努力しても、結果が伴わないことの連続だったよな」と思った。それに、人の能力は平等に与えられていない。それは知能テストの標準曲線が証明している。つまり、努力の仕方は人によってちがうはずなのである。数学が苦手な者もいるはずだし、社会科が苦手な者もいるだろう。要は、その人に合った努力の仕方があるのだが、先生は一律に努力は裏切らない、と唱える。

A男は、中学を卒業して大工の棟梁のところに弟子入りした。そのA男の風の便りを聞いた。今や、工務店の代表だという。A男らしい努力の仕方を見つけたのだろう。社会科テストでは18点を取ってたが、大工の弟子として努力をした。その意味では、努力は効いている。

何を言いたいのか。

その人に合わない努力は裏切る。いや、合っていたとしても、裏切ることはいくらでもある。要は、努力の仕方なのである。その人に合った努力の仕方を見つけてあげるのが、指導者の役目ではないのか。

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