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カーフ格闘革命2021 Ver. 2.11

2021-02-02 18_30_45-Full Fight _ 朝倉海 vs. 堀口恭司 2 _ Kai Asakura vs. Kyoji Horiguchi 2 - RIZIN.26 - You

ついに2021年3月28日K-1王者武尊も注目のレオナ・ペタス戦で初めてカーフキックを使用して大きな成果につなげた。2021年2月28日に行われたRISE ELDORADOの原口健飛 vs 白鳥大珠ではこれまでボクシングベースの重心の置き方をしていた二人の戦い方に大きな変化が見られた。後ろ重心での細かい蹴りの応酬が続き、後ろ回し蹴りやハイキックで勝敗が決した。確実に時代は動いている。カーキックはもはやローキックに並ぶ格闘競技に不可欠な技術となった。

なぜ今なのか?

カーフキックを知らない格闘技ファンは2021年1月末日の今日時点ではほとんどいないだろう。約1年前、僕はTwitterで「キックボクシングでもカーフキックを制する者が次代を制する」と予想していたが、実際にその時はやって来た。昔からあったと言う人もいるが、なぜ今急速に注目され始めたのだろうか。キックボクシング目線で考えてみる。

ムエタイとローキック

カーフキック以前にはローキックしかなかった。同じ場所を蹴ってもそれはカーフキックとは呼ばれなかった。現在のキックボクシングはムエタイから作られたものであり、よりテレビ映えするアグレッシブかつ残虐性の少ない、タイ人に勝てるルールへと変更されてきた。それはRISEやK-1に見られるヒジ無し、掴み無しルール、3ラウンド制で実現している。ムエタイからヒジと首相撲、掴みを取り去ってローキック、ミドルキック、ハイキック、前蹴り、パンチ主体にして3ラウンド短期決戦で戦うのが現在のキックボクシングの戦い方。延長の場合も有る。

カーフはローだった

日本での初期キックボクシングはタイ国技ムエタイから作られたもので、ヒジや首相撲のレベルは到底本家には及ばなかった。専らローキック中心の展開となり、ローキックの名手が主導権を握る展開が多かった。これはムエタイに挑戦した選手が後の極真空手である大山空手の黒崎健時、中村忠、藤平昭雄ら空手勢だった事が影響している。黒崎はムエタイへのリベンジの為に目白ジムを、藤平は大沢昇としてキックボクシングに参戦した。だが、国技であるムエタイのヒジや首相撲の壁は厚く、投げやクリンチで倒す、独自の方向に進まざるを得なかった。同時に顔面打撃無しの極真空手は接近戦でのボディー回し打ちと、ローキックで押し勝つ展開が多くなっていった。キックボクシングは今の3ラウンド制ではなく3分5ラウンドだったので執拗にローキックを蹴って最後に効かせて勝つ展開が目立った。この頃はムエタイにもキックボクシングにもカーフキックは無かった。

極真にあった説

Twitterでカーフキックは昔からあって極真空手のローキックの名手で有名だった廬山初男氏が腓骨を蹴ることを唱えていたとの情報をいただいた。腓骨とはスネの部分を走る大きな二本の骨の内の細い方の一本である。膝の少し下を外側から蹴れば当たる部分であり、確かにそこを蹴る技術は過去に存在した。しかしそれは腓骨の細い部分を狙って蹴る技術でありローキックの延長線上にあるものだった。これはふくらはぎ辺たりを蹴るカーフキックの技術とは明らかに技術的にも部位的にも異なるものである。このように空手、特に極真系の空手家はルーツを空手と唱える人が多い。

ローとの違い

カーフキックをローキックと混同するのは未経験のファンだけでなく、プロキックボクサーや空手家にもまだまだ多い。しかし次の点で明らかに両者は別の技である。まず蹴る部位が異なる。ローキックは主に膝上の大腿骨を狙う。人によっては腰に近い部分を狙う場合や、膝下の部分を蹴る事もあるが、ふくらはぎを狙って蹴る事は無かった。またローキックは一般に数十発蹴ることによって痛みが蓄積されて効果を発揮する技である。大腿の大きな骨と筋肉である事と、膝が曲がる事で力が分散し易くある程度耐える事が可能。しかしカーフキックの場合、脛骨と腓骨の中心部、あるいはその上下を蹴る。この部位は大腿より、骨、筋肉のいずれも貧弱であり、浅い所に神経が通っている。何より力が分散しにくい。よって数発のジャストミート、少なくとも10発程度のヒットで大きな効果が出る。つまり即効性に優れている。明らかにローキックとは異なる。

2021-02-02 18_39_52-Full Fight _ 朝倉海 vs. 堀口恭司 2 _ Kai Asakura vs. Kyoji Horiguchi 2 - RIZIN.26 - You

打撃王ムエタイ

それではなぜ打撃のスペシャリストであるキックボクシングや空手でカーフキックがこれまでに開発されなかったのだろう。一つの理由としてキックボクシングや極真空手の技術のルーツがムエタイにあるからだろう。日本のキックボクシングは打倒ムエタイを目指していた。極真大会ルールは手による顔面打撃が無く、上位選手がプロキックボクシングに出場するキックのアマチュア的ポジションでもあった。そうなると打倒ムエタイの技術革新にキックボクサーが熱心でも、そこで通用しない技術は育たない。カーフキックはムエタイでは一般に通用しない。なぜカーフキックがムエタイに通用しないのだろう。

ルールと重心

カーフキックの効果は競技によって異なる。それは重心位置に秘密がある。ローキックでもカーフキックでも足を蹴る技だから、その足に重心が乗ってしっかり固定されている時に最大の効果を示す。ムエタイの構えは前足にほとんど重心を置かない、後ろ足にほとんどの重心を置くアップライトスタイルが主流だ。こうする事で前足を攻撃や防御に器用に利用する事が可能になる。このスタイルだとK-1やRISEルールではパンチで押し込まれ易いのだが、ムエタイにはヒジや首相撲がある。極真空手もこのスタイルに近い後ろ重心の猫足立ちや後屈立ちを多用する。顔面打撃が無いので接近戦が多く、物理的に膝の下を蹴るのは難しい。また、この重心スタイルにカーフキックを打ち込んでも足が流れ、のれんに腕押し状態で十分な効果を与える事ができないのだ。以上の理由からムエタイ、キック、極真ではカーフキックはローキックと同様のものとしか捉えられず技術的な発展が無かったのである。

カーフ台頭の理由

現在、蹴りを使用する主たるプロ格闘競技にはMMA、ムエタイ、キックボクシングがある。ムエタイはキックボクシングに掴み、ヒジを付加したもの、MMAはムエタイにテイクダウン、寝技を付加したものと考えれば良い。因みにボクシングはキックから蹴りを無くしパンチのみで戦うルール。この中で重心が前にあるのはMMA、キックボクシング(K-1, RISE)、ボクシングとなる。ただしその理由は異なる。

MMAはタックルを切る為には後ろ重心にはできない。前重心はパンチを打つにも都合が良く、前重心で技術が構築される事が多い。寝技に持ち込まれても苦にしない青木真也のような選手は後ろ重心のムエタイスタイルだがこれは寝技主体の選手だから例外。カーフキックは前重心のMMAで最初に耳にした技術だった。

キックボクシングはタックルを切る必要が無いのになぜ前重心なのか。ムエタイと似ていれば後ろ重心ではないのか。それが全く違う。ムエタイではヒジと掴みが許されている、と言うよりそれが主体になっている。前重心でパンチを打とうとしてもクリンチからの首相撲、突っ込んでくるパンチにはヒジのカウンターが待っており、容易に中に入れない技術体系になっている。キックボクシングはそれらが許されていないのでボクシングのように前重心で強烈なパンチを打ち込むのがルールにアジャストした戦い方となっている。

近年、前重心スタイルのMMAとキックボクシングでは完全前重心によりパンチ威力を乗せるボクシングスタイルがかなり台頭していた。キックボクシングはK-1やRISEに見られるように、極力掴みを廃す事でタイ人に勝てるルールに変更してきた。ほとんど蹴りを使わずボクシングジムに通ったり、ボクシングをベースとする選手が上位を占め始めている。その時期に呼応するようにカーフキックが台頭してきたのは偶然ではない。この前重心に効果がある事で一躍注目される技になったのである。

2020年大晦日ブレイク

膝の大手術から奇跡のカムバックを果たした堀口恭司はカーフキックで見事な勝利を得た。同時に朝倉海を倒したカーフキックは格闘技ファンの注目を一斉に浴びた。さらにこの後2021年1月にはUFCのコナー・マクレガーもカーフで敗れた。ローキックと同一視する者、出鱈目な技術解説をするプロキックボクサー等、ネット上でも一躍ブームに躍り出た。一つの技がこれだけ注目されたのはプロレスのアントニオ猪木がボクシング世界王者モハメッド・アリと戦ったローキック以来だろう。実はこのカーフキックは格闘技の技術革命だったローキックに並ぶ革命的な技になる可能性を秘めている。

格闘競技を変える

カーフキックはローキックに比べて即効性に優れている。これまでの観察ではジャストミートで数発、中程度のミートで6発、軽く当たる程度でも3ラウンド蹴り続ければ判定勝ちできる程度の威力を見せている。まだ効果を信じ切れない選手もいるようだが今後は技術理解や効果が浸透して行くだろう。では、そのままカーフキックが主流となるのだろうか。答えはノーだ。

キックでの行方

当然カーフキックと言う新技術は全ての選手が身につけ研究する。旧型の選手は早い段階で淘汰される。しかし技術が浸透した段階で対策も当然講じられる。これまでに進行していたボクシング偏重スタイルは見直しが図られ、全ての重心を前足に移動するスタイルは衰退するだろう。ヒジ、掴みが無いからムエタイのアップライトスタイルとまでは行かないが50:50重心のミッドシップスタイルか、40:60程度の少し後ろ気味の重心になるのではないだろうか。堀口恭司や那須川天心らの伝統派空手スタイルはMMAでも見直されていきている。

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効果的な蹴り方

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