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河田小龍《加賀美山旧錦絵》感想

なんかもう、一発で好きになっちゃったんだよ河田小龍のお初。

横幟に描かれた《加賀美山旧錦絵》。絵巻物のように抜き描きされた場面が右から左へ展開してゆく。
お初は、健気で献身的な王道のヒロインて感じじゃなくて、利かん坊なんだろなっていう、イキの良すぎる様子の少女。今だったらベリーショートの髪でバスケ部かバレー部のキャプテン張ってる子。のびのびと長く育った手足もぶあつい体格も、勝気で直情径行な性格も、活劇の主人公の少年をそのまま女の子にしたような若者に見える。


実家への使いを主の尾上に頼まれて城を出ようとしたとき、はっと悪い予感に振り返るお初。そこへ激しく風が吹く。口には主の手紙を咥え、ギザギザに飛び出た(!)白い歯でしっかりと噛みしめている。強風が文を強く巻き上げ、煽られたような鴉が額を打たんばかりスレスレに飛び去ってゆくが彼女はそんなものにカケラも意識を向けていない。ぐんと突っ張った右腕はまるで刀を抜こうとする形。まるく大きく見開かれた目は見える筈無い主の死にざまをありありと捉えてでもいるように、虚空の一点を見据えて動かない。

もやりとした不安……どころでなく、明確にばちりと不吉さを感じ取って、暗い事実と恨みの矛先までその一瞬で悟ったような強さがある。瞬時に「あの野郎ッ──」と戦闘モードに入った猛々しさが身を貫いている。棒立ちになり、満身に気を込め、つめたく青く冷えた肚の底を除いて、火だるまのような激しい感情に燃えている。


続く図は仇討ちを果たしたまさに直後。庭に向いた窓から、背を折るようにバッタリと内側へ倒れ、ぐずぐずと崩れ落ちたと見える、仰向けの逆落としになった血塗れの岩藤。(窓下に飾ってあったと思われる、見事な枝ぶりの赤珊瑚が岩藤の身体に接して転がっており、それが鮮血の滝にダブって見えるアイディアが巧い!! あと窓枠の上から提がった真っ赤な飾り紐も返り血が飛んで滴るようですね) 未だふうふうと火のような吐息を肩でつき、なおも攻撃を加えようと、窓の枠に足をかけ、伸び上がって血刀を逆手に振りかぶった勇ましいお初。わやわやと集まってくる群衆には目もくれず、ただ恨みの岩藤だけを眼に宿し、今にも「覚えたか!」の怒号が耳をつんざきそうだ。


ちっとも麗々しくも、女々しくもない。このお初は、岩藤の息が絶えたことを確認したら、憎き怨敵を睨み据えていた両眼からぼろぼろと大粒の涙を溢しそうである。紅潮した顔をぐしゃぐしゃに歪ませて、涙と洟を出るがままに流して、幼子がするように大声で泣き出しそうだった。仇をとれた嬉しさよりも、その喜びをじかに主人に報告できない悲しみが、優しく淑やかな尾上に褒めてもらえない寂しさが、いっせいに襲ってきてわんわん泣くような気がしたのだった。


きっと、疲れを知らない仔犬のような、性別を間違えて生まれてきてしまったような、女っけの足りないこの少女を、主・尾上は愛でてくれたのだと思う。お初のお初らしいところを認めて褒めて、その真っ直ぐでひたむきな人柄を愛してくれていたのだと思う。そうしてお初もまた、自分に無い美徳ばかりを集めて優雅にかたどった素晴らしい主人を、誇らしくも敬愛して仕えていたのだろう。


そういうことがしぜんと立ち昇ってくるような絵だった。いい絵だった。河田小龍、いい絵描きだった。


あべのハルカス絵金展、会期は6月18日まで。上述の幟は前期のみの展示ゆえ、観られるのは5月21日までです。

(註:「性別を間違えて……」云々は、【当時のあるべきジェンダー観からすれば】あたりでご諒承ください。物語の上で、&河田小龍の生きた時代の中で、"女性らしく" 造形しなかったものと捉えております。)

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