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Dreve

昔、制作した映画に挿入した物語を、現代に合わせて改変したものです。
少しずつ改変しておりますが、ラストが大きく変わることで、テーマが大きく変わっています。


ある晴れた午後の昼下がりのことでした。
林檎から子供が生まれました。

その子は、太郎とも、ましてや姫とも呼ばれず、名前などありませんでした。
生い茂る森の中に生えていた林檎の木から、熟れてひっそりと落ちた林檎だったからです。

その子は女の子でした。
女の子は歌を歌って暮らしました。
女の子が「うた」というものを知らないながらに作り出した歌でした。
それは、無自覚に誰かと繋がりたいという感情からでした。

ある月が見えない夜のことでした。
女の子は街に出て歌を歌いました。
「これはうたなのかい?」
「とてもきけたもんじゃないね」
街の人々はそう言って嗤いました。

彼女は歌い続けました。
なぜなら、彼女は言葉さえも知らなかったからです。

街の人々は彼女に向けて、お菓子のごみを投げました。
彼女は歌い続けます。
街の人々は彼女に向けて、空き缶を投げました。
彼女はそれでも歌い続けます。

街の人々は彼女に向けて、石を投げました。
それは彼女の頭に当たり沢山の血が流れました。
彼女は、目を拭って不思議そうに首をかしげました。

続く攻撃で、彼女は痛みにより失神しました。
痛みは自分の気持ちでしかないと思っていたのです。

彼女の歌が止まったことで、街の人々は満足げにそれぞれの家や生活へ帰っていきました。
誰ひとりとして倒れた彼女に気を向けることなく、日常へ戻っていきます。

露天商の声で次の瞬間、彼女は地面の冷たさと痛みに目を細めました。

彼女の目から、涙が一粒こぼれました。
ふたつ、みっつ、こぼれ出したら止まらなくなって、彼女はひどく戸惑いました。

彼女は「涙」というものを知らなかったからです。
もちろん、止め方など知りません。
彼女には待っていてくれる家族はいませんでしたが、仕方なく森へ帰ることにしました。

彼女は帰る途中、森で道に迷ってしまいました。
何度も通ってきた道のはずなのに、なんだか違う道のようでした。
真っ暗な夜の森に、大粒の雨が降り出しました。

あいもかわらず彼女は涙の止め方を知りませんでしたので、彼女の顔はぐしょぐしょです。
生まれてはじめての「悲しみ」という感情を知り、彼女はなんだか疲れてしまいました。

彼女はその場でしゃがみこんで、歌を歌い始めました。
しかし、あの時の気持ちを思い出して、声が出なくなってしまいました。
声のかわりにこぼれ出るのは、涙だけでした。

「おじょうさん何しているんだい?」
彼女が驚いて顔をあげると、木の上にカエルが一匹いました。
「おやおや泣いているじゃないか」
カエルは困惑した顔で言いました。
彼女にはカエルの言葉が理解できません。

すると、またぽろぽろと涙が零れ落ちてきました。
「参ったなこりゃ、こう泣かれちゃ私が泣かせているみたいじゃないか。おいコラ泣き止みなさい」
彼女にはカエルが何を言っているか理解できません。
ぽろぽろと涙をこぼし続けます。

何故か、とうとうカエルまで泣き始めてしまいました。
彼女にはどうしてカエルが泣いているかわかりません。
カエルだって自分がどうして泣いているのかわかりません。
きっと言葉が通じない無力感ともどかしさで流れた涙でしょう。

彼女はカエルに泣き止んで欲しくなりました。
しかし、言葉のわからない彼女は、どうやって伝えれば良いのかわかりませんでした。

カエルは泣き続けます。
どうしたらいいかわからない女の子も泣き続けます。
それを見たカエルも泣きます。

真っ暗だった森は、やがて白んできました。

彼女は歌いました。

ありったけの気持ちをこめて歌いました。
石を投げられた時のことを思い出しましたが、
それでも彼女にはそれしか伝える手段がありませんでした。

カエルの涙は止まりました。
カエルは呆気にとられました。

その声があまりに綺麗で、息を呑みました。
心を鷲摑みにされたような、そんな気分でした。
女の子は自分の涙が止まっていることに気がついていませんでした。

大粒の雨もまた、知らないうちに止んでいました。
夜が明けて、木々はひしめき合い、影を作り、
水滴も、白い光に照らされます。

彼女が歌い終わると、カエルはぺちぺちと拍手をしました。
拍手という行為の意味を彼女は知りませんでしたが、
不思議と厭な感じはしませんでした。

カエルの浮かべる表情の意味を、
彼女が知ったからかもしれません。

***

小汚い少女が、広場で息を引き取った。
頭に当たった石が死因だそうだ。
背中は足跡でいっぱいだったそうだ。
何処から来て、どう生きて、何をしていたのか、誰も知らなかった。

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