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人に会いに行くという事・第一章

はじめに

個人事業経営者としてのカフェレストランを16年間経営してきた。
その年月が長いのか、短いのかはその人の仕事への携わり方で違うだろう。私は大学を卒業してから海運貨物取扱事業を行う企業に就職して7年ほどサラリーマンとして働き、そのご転職。
(転職に至る経緯は又別に記して行こうと思う。)

28歳で飲食業界に飛び込んで14年間地方の飲食店を経営する会社を4社ほど、洋食を中心に「調理」「接客」「飲食店のマネージメント」を学び、4人の経営者に仕えて来た。
その間には様々な形態の店を経験して来た。
そして、42歳で念願の自分の『城』であるカフェレストランを創業する事ができた。晴れて自分自身が飲食店の経営者として一歩を踏み出した。

友達がいない

2005年 12月にカフェレストランはオープンした。長年飲食業で仕事に明け暮れ、休みも殆ど取れずに子育ても殆ど妻に任せっきりでやってきた。
飲食店店長あるあるで、シフトに入る人がいなければ、店長が出るしか無い。
(今ではブラック企業と言われますが,,,,,,。)
モーニングタイムが8時から閉店が2時なんて店の時はほぼ寝るためだけに家に帰ってました。(´-`).。oO

そんなこんなで、仕事人間の私は仕事以外の友達が少なく店を開店して5年位は、ほぼ家と店の往復で休みの日には家族以外の人と過ごす事も無く、普段からゆっくり会って話や酒が飲める様な友達は極端に少なかった。

人生の転機

そして5年目位から、消費税率アップやいろいろな社会情勢が重なり、週末はそこそこ忙しいのに平日の客数が伸びなくなって来た。
そんな状況にストレスを感じ始めた。
特に平日の夜の売り上げは惨憺たるものだった。
有名なメジャーファミリーレストラン系の店で夜どうしバイトしてみようかと、何度も求人誌を見ながら電話の受話器をあげた。

「金が無いスパイラル」

これに自分自身が囚われていた。
常に心の何処かに金が無いという意識が存在していた。

料理のレシピも何種類も考えたり、WEBサイトで売れてる店の経営や顧客との向き合い方、サービスを徹底的にリサーチもした。
でも、それをすればするほど他と比較するよりも自分自身がどうしたいのかが、よくわからなくなっていった。

ある日ふと、自分自身が今まで学んで来た調理の知識や技術を人に教えたらどうだろう?
頭に浮かんだ。

それには、この店に来て貰い、カウンターや厨房で料理教室をやってみようと思い立った。

そして、ふとしたきっかけで知り合いになった料理研究家で料理教室を主宰する先生の所に、どんな風に料理教室を運営しているのかを知るために、料理教室に申し込んだ。

そこは静岡市の桜海老漁で有名な「由比漁港の桜海老を使った料理教室」だった。

そこに行った事で私の人生は大きく変わったのであった。
由比漁港に車で向かう時にはまさか人生が変わるほどの出会いが有るとは知らずに...。


続く

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