リップヴァンウィンクルの花嫁

以前からオススメしてもらっていた岩井俊二監督の「リップヴァンウィンクルの花嫁」を観た。観賞後すぐは感情がグルグルして言葉にならなかったけど少しずつ自分の中でまとまってきたものを残しておきたくなった。この映画を今、このタイミングで見れたことがよかったと心から思う。※以下若干のネタバレもあります。

3時間という長めの映画だけど所々苦しい時間もあった。すんなり最後まで安定した気持ちで見られたかと言えばそうではなかった。でも泣きすぎて苦しいとかそういうことでもない。倒れるほどはないけどちょっと息継ぎさせて欲しい、と思っている時の感覚に近かった。ただ見終わった後は不思議とスッキリしていたのでバランスが絶妙なんだと思う。

ちょっと調べてみたら主演の黒木華のために描かれた脚本とのこと。通りでぴったりなはずだと思った。素朴さを残しながら綺麗でいるって難しいけど彼女はそういうどこか日常にいそうな女性を演じるのがとても上手。
そんな彼女が演じる主人公七海はSNSを通じて知り合った人とあっさり付き合っていつのまにか結婚することになる。本当にあっさりしていた。2人が愛を深めていくシーンなんて一切なく気づいたら結納。あまりにもあっさりしていてずっと現実味がない。この映画全てに言えることだけどどこまでが本当でどこまでが嘘なのかその線引きが曖昧でよくわからない。

と思っていたらやはりこの辺りから歯車が狂い出してしまった。見極めがどうこうとかSNSで知り合ったから希薄だ、なんて思わないけどあっさり手に入ったものって失う時もあっさりだなぁと思ってしまう。

私は1年くらい前からSNSを通じて知り合った人や友人が以前よりぐっと増えた。年代も住んでいる地域も違う人との交流は楽しい反面どこか他に足がついてなくてふわふわした感覚がずっとあった。どうかするとリアルの友人より密に連絡をとっているのに私はこの人の顔も本名も知らない。相手もそう。じゃあ今ここにいる「私」は一体何者なのか…未だにそんな気持ちになることもある。

でも、これは坂本裕二作品にも言えるけど赤の他人の集まりでも場合によっては本当の家族より家族らしいこともあって。素性なんて知らなくても信頼関係は築けるのかもしれない、と信じることでやれている部分はかなりある。七海にとっての真白もそういう存在だったんじゃないかなと思いたい。七海の二度目のウエディングドレスは一度目のふわふわした結婚式の時よりずっと綺麗で自然体だった。幸せの定義って難しいけどあの日の七海は本当に幸せだったと思う。真白もそうかもしれない。(人生の中で一緒に生きたい、もしくは一緒に死んでもいいと思える人に出会える確率ってどれくらいなんだろう…とふと考えてしまった)。

色んな人と出会って、23歳にしてはハードモードすぎる経験をして、最後はまた1人になって最初に住んでいた家よりずっと日当たりの良い家に引っ越してくる。家を追い出された時と荷物の量が変わっていないところが良い。一見何も変わっていないはずなのに初めの頃の七海とは違う、強くはないけど大丈夫そうと思える柔らかい芯みたいなものが見えた気がした。人が成長するってこういうのもあるんだなぁと。劇的なものばかり求められがちだけど、こういう芯になる部分って生きていく上ですごく大事だったりする。

全体を通して音楽と色彩の優しさのおかげで悲観的になりすぎずに済むし、綾野剛のうさんくささのスパイス加減も絶妙。投げかけられるメッセージの多さにフラフラになりながらも、どうにかついていけたのはこうしたバランスの良さなんだなと改めて思う。今受け取れた部分が今の私に必要なものだと思うのでタイミングが違えば全く異なる感情を抱くだろう。いつかあらすじをぼんやりとしか思い出せなくなった時にまた見直したい。そんな映画でした。

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