初めてのアルバイト
息子は大学生になったのに、アルバイトをすると言いながら、なかなか決めてこない。
「1円でもいいから、1日も早く自分で稼ぎなさい」
言い続けてひと月、やっとGW前にオンライン面接を受けて、イベントサポートの企業にアルバイト登録をした。
次々に来るメールに目を通して、初めて登録したのが、東京・有明のイベント施設での、10時から22時までの仕事。前の日から、服装はこれでいいか、何をするんだろうと大騒ぎをして、今日出掛けていった。
23時を過ぎても連絡ひとつないので、熱中症で体調不良でも起こしたかとLINEを送っても、返事がない。
「おーい。大丈夫? 働くの嫌になってない?」
やっと返信があって23時半過ぎに帰宅。夕飯をチンした。
「ブラックだ〜」
開口一番。
聞けば、午前中は配布物の封入、午後は音楽フェスの案内、片付け、云々云々。まぁ大人からすると、会場とイベントの概要から見ても、想定内の仕事。
「残業できる人はして、って言われて30分してきた」
「けっこう年上の人が多くて、同世代と全然話せなかった」
「あの仕事、連休とかはいいけど、いつもできないな〜」
ぼやく言葉に反して、妙に清々しい顔をしている息子が、箸でおかずを次々と口に入れるのを、緑茶ハイを飲みながら眺めた。
「あんまり話せなかったんだけどさ、10個くらい上の男の人と、帰り道が一緒で話した」
へぇ。フリーター?
「普段は、○○駅の近くの病院でレントゲン技師をしてるんだって。旅行が趣味で、GWだけこういうバイトしてるって。付き合ってる彼女と、そろそろ結婚しようと思ってるって言ってた」
ずいぶん深い話を聞いたのね。
「高専行ったのに、卒業前にどうしても医療系の仕事をしたくて、大学に2年から入り直したんだって。若く見えるから声かけたんだけど、すごいちゃんとした大人だった」
・・・そんな志の高い努力家は、その辺の「大人」でもなかなかいない。意外な世界だねぇ、イベントのアルバイトというのも。
他にももう一人、30代半ばの男性と持ち場で一緒になったらしく、そのベテランの人に仕事を教えてもらったのだと、息子は言った。
「アルバイトしてる大人なんて、って、俺どっかで思ってたけど、やっぱり大人は違うなと思った。大学生は、まだまだ子供なんだなって」
へぇぇ。どこでそう思ったの?
「大人ってさ、話聞いてくれるんだよね。なんか妙に褒めてくれるし。君なら結婚式場とかのバイト向いてるんじゃない、要領いいしできるよって。大学生の友達だとさぁ、そんな情報もないし、だいたい、相手の話聞いてないから」
なるほど。
「なんか、人と話せるのって面白いよね。知らないこと知れるし」
・・・・・・。
GW晴天の日に、彼はなんだかいい旅をしてきたようだ。
どなたか知る由もないけれど、今日息子に接してくれた大人の方々に、感謝したい気持ち。
「『働くの嫌になったか』っていうと、そんなことなくて。疲れたけどさ、でももっと働かなきゃ、って感じかな」
母も、今日はプレゼントをいただきました。
こういう、目に見えない、数字に表せないプレゼントを、あなたも誰かに渡せるといいね。
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