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合理的配慮のリスクと注意点(吃音)

吃音当事者において、合理的配慮を受けることはとても重要です。合理的配慮は吃音の進展を防いだり、個人が自身の能力を発揮する上で非常に重要である一方、やり方を間違えると長期的なリスクや機会損失を招く可能性があります。


合理的配慮とは

合理的配慮は、障害がある人々が教育、職場、社会活動等において他の人々と同等の機会を享受できるようにするための支援や調整を指します。文部科学省が発表している定義は下記のとおりです。

  1. 障害者の権利に関する条約「第二十四条 教育」においては、教育についての障害者の権利を認め、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容する教育制度(inclusive education system)等を確保することとし、その権利の実現に当たり確保するものの一つとして、「個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。」を位置付けている。

  2. 同条約「第二条 定義」においては、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」と定義されている。

合理的配慮とは、障害の有無にかかわらず平等な機会を得ることが目的となります。

吃音における合理的配慮

ここで、吃音に対する具体的な合理的配慮の例を挙げ、それぞれの配慮がどのように機能するか、またその配慮が吃音を持つ人々の日常生活や職場でどのように役立つかを説明します。

会話の時間の確保

吃音を持つ人々にとって、話す際の圧力を減少させる1つの方法は、会話に十分な時間を与えることになります。たとえば、学校や職場の会議では、話を急かされることなく、ゆっくりと話す時間を確保することが重要です。

  • 具体例: 教室で教師が生徒に発言の機会を与える際、吃音を持つ生徒にはプレッシャーを感じさせないように時間を確保する。時間制限を設けない。

代替コミュニケーション方法の提供

書面やデジタルメディアを利用したコミュニケーションが有効な場合があります。

  • 具体例: 職場での会議やプレゼンテーションで、吃音を持つ従業員が口頭での発表に代わり、パワーポイントやビデオ、紙での資料を提供することを許可する。

周囲の理解

吃音に対する理解を深め、快適なコミュニケーション環境を整えるためには、聞き手の理解も重要です。周囲の人々が忍耐強く、支援的であることが、コミュニケーションの質を大きく向上させます。

  • 具体例: 職場や学校で、吃音に関する教育を実施し、同僚や同級生が吃音を持つ人とのコミュニケーションにおいてどのように支援的でいられるかを学ぶ。

ストレス軽減策の提供

ストレスを減らすための環境を提供することも1つの合理的配慮です。

  • 具体例: 重要なプレゼンテーションや面接前に、吃音を持つ人がリラックスできるような環境を整える。

これらの配慮は、吃音を持つ人々がより活発に社会参加するのを助け、コミュニケーションの質を高めることができます。これらの配慮は、個々のニーズに合わせて調整され、その人の自立性や能力を最大限に引き出すように設計されることが重要です。

合理的配慮のメリットと注意点

合理的配慮は、障害を持つ人々が平等に社会参加するための重要な手段ですが、一部注意が必要です。以下に、合理的配慮のメリットと注意点について説明します。

メリット

  1. アクセスの向上: 合理的配慮により、障害を持つ人々は教育、職場、社会活動へのアクセスが改善されます。

    • 具体例: 吃音を持つ学生が、クラスのディスカッションや発表時に追加時間をもらえることで、情報をしっかり伝えられるようになります。これにより、教育の場において平等な参加が可能となります。

  2. 自尊心と自立の促進: 適切な配慮が行われることで、障害を持つ人々は自分の能力を最大限に発揮し、自尊心を高めることができます。

    • 具体例: 職場で吃音を持つ人に対して、会話に時間がかかることを理解し応援する環境が整えられると、その人は自信を持って仕事に臨め、自立心も高まります。

  3. 社会的包摂の促進: 障害を持つ人々が活動に参加しやすくなることで、社会全体の多様性と包摂性が高まります。

    • 具体例: 公共の場や社会活動において、吃音のある人が発言する際に周囲が辛抱強く待つ、または発言の機会を逃さないよう配慮することで、社会全体の多様性と包摂性が高まります。

注意点

  1. 依存性の増加: 配慮が過度になると、個人が自分の能力や環境に適応することを学べず、外部の支援に過度に依存するようになる可能性があります。

    • 具体例: 学校や職場で吃音を持つ人に対して、常に口頭発表の代わりに書面提出を認めると、その人は話す機会を得ないままでいることになり、コミュニケーション能力の向上が見込めない可能性があります。

  2. 自立性の低下: 個人が自身の能力を信じて挑戦する機会が減少すると、自立性と自己決定の能力が低下することがあります。

    • 具体例: 特定のタスクや状況を避けるような配慮を受け続けると、新しいスキルや挑戦から逃れることが常となり、自立心や自己決定能力の低下、キャリア開発において損失を招く可能性があります。

  3. 社会的な誤解の可能性: 配慮が不適切に実施されたり、周囲の人々に誤解されたりすると、障害を持つ人々に対するスティグマや偏見を助長する可能性があります。

    • 具体例: 職場で一人に対して特別な配慮が行われるとき、それが他の従業員によって「特別扱い」と受け取られ、不平等感や誤解を生じさせることがあります。

合理的配慮は、障害を持つ人々の生活の質を向上させるための強力なツールですが、その実施には慎重なバランスと評価が必要です。配慮が個人の能力、自立性、および社会全体の包摂性を促進するように、個々のニーズに合わせて適切に調整されることが好ましいと考えます。

注意点に関係する研究紹介

機会の回避や損失が与える影響についての研究を2つ紹介します。

①Surgical skills simulation: a shift in the conversation

こちらの論文では、外科研修医が特定の手術スキルを練習する機会が減少するなどの医療環境変化により、研修医の腹腔鏡経験が制限されることで、自信の低下に繋がると示されています。
このことは、環境による特定の機会の損失や回避が、専門分野での技能習得や自信の向上の妨げになることを示しています。

②Cognitive Ability and Personality Predictors of Training Program Skill Acquisition and Job Performance

この研究では、個性特性がスキル獲得に正の相関を持つことが見出されました。これは、個人の特性に合った機会を避けることが、スキル獲得および仕事のパフォーマンスに影響を与える可能性を示唆しています。

考察と提案

上記のことから、合理的配慮のやり方について、特定の機会を回避するような対応を求める場合は、それに関係するスキルや能力が身に付かない可能性があります。そのため、本人の長期的な可能性や夢、目標などを踏まえて行うことが好ましいかと考えます。

例えば
・電話対応は他の人にお願いする
・発表を免除する

といった対応のケースを考えます。

この場合、当事者にとっては、苦手な場面を回避できてホッとすると思います。しかし、この「特定の機会を回避してホッとする」という状況は、条件づけという脳のメカニズムにより、苦手意識や回避行動を強化する可能性があります(下記記事参照)

今の学校や職場環境で配慮を受けることができたとして、卒業や就職、転職などの環境変化によっては、今までと同じ配慮が受けられない可能性も考えられなくはありません。また、将来やりたいことができた場合に、この苦手意識が足かせになることもあるかもしれません。

さらに、「電話」「発表」と一言で言っても、それに伴う能力としては以下のように様々なものが挙げられます。

電話
・正確な言葉遣いの習得
・言葉だけで簡潔に分かりやすく伝えるスキル
・内容を理解し、人に伝える能力 など

発表
・事前調査、資料作成のスキル
・分かりやすく伝える能力
・場の空気を読みながら説明する能力
・質問に対して的確かつ瞬時に答えを導き出す能力

「別に電話(発表)くらいできなくても良いや」と考えることも良いかと思いますが、それに伴う複数のスキルがあることを踏まえて判断する方が良いかと思います。
※それでも不要と考えるのであれば、それはそれでOKかと思います。

そこで、配慮の仕方としては、基本的には回避をしない方向が好ましいと考えます。


周囲に吃音を理解してもらった上でチャレンジする など

一方、あまりにも苦痛が伴う場合はそれでも困難になります。
その場合は、「チャレンジするとき」と「チャレンジしないとき」を分けることも選択肢の一つです。


「発表を全て免除してもらう」のではなく、「大勢の前での発表は免除してもらい、少数のメンバーの前ではチャレンジする」 など
※この場合、少しずつ大勢の前での発表も行っていくことが好ましい。

工夫の仕方は色々あると思いますが、長期的な視点も併せ持ち、機会損失の影響も考慮に入れた上での選択が望ましいでしょう。

まとめ

合理的配慮は、障害を持つ人々がより公正で平等な社会参加を果たすために極めて重要です。一方で、内容によっては長期的なスキルや職業の選択などで、不利益が生じる場合があります。
合理的配慮を推奨する人、お願いする人、お願いされる人は、これらの可能性を考慮し、将来的に後悔がないような選択肢が好ましいと考えます。
合理的配慮の長期的な影響を理解し、個人が成長し、自立し、最終的には社会により積極的に関与できるような方向で配慮を進めることが望ましいと考えます。

参考
1)文部科学省 合理的配慮について
2)Don J Selzer, Gary L Dunnington Surgical skills simulation: a shift in the conversation Ann Surg. 2013 Apr;257(4):594-5. doi: 10.1097/SLA.0b013e3182894756.
3)D. T. Oakes, G. R. Ferris, J. Martocchio, M. Buckley, Dana M. Broach Cognitive Ability and Personality Predictors of Training Program Skill Acquisition and Job Performance Journal of Business and Psychology
Vol. 15, No. 4 (Mar., 2001), pp. 523-548

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