見出し画像

改善可能な吃音症状とは?

はじめに

私は以前まで「吃音を改善したいけど、本当に改善できるのだろうか…」と思っていましたが、多くの吃音研究や吃音に関する文献を読んできて、今では「吃音は改善できる」と確信しています。
先日Discordコミュニティ「吃音を改善したい人たちのコミュニティ」にて吃音に関する勉強会を行ったのですが、

  • 吃音症状のメカニズムは大きく分けて2つあること

  • 一方の改善は難しいかもしれないが、もう一方の改善は十分可能であること

について、結構知られていないんだなと感じました。
(私も少し前までそうでしたが…)

今までの記事でその辺りにも触れておりますが、別々の記事になっていたりして分かりにくいところもあるかと思うので、今回はこれらについてまとめていきます。

吃音の原因(メカニズム)は2つある

吃音には1次吃音2次吃音と呼ばれるものがあります。
これは下記記事にて少し触れています。

1次吃音と2次吃音についてまとめた表を以下に示します。

1次吃音とは

1次吃音は、ざっくりいうと吃音の初期症状みたいなものです。
(連発や伸発など ※力み(随伴運動)のない連発や伸発)
遺伝などの影響により、脳の発達段階で言語関連などの部分に発達の異常が発生し、連発や伸発などの症状は発生します。
これは主に、脳の発話に関する神経回路などが原因となっていて、発話の信号と実際の動きにタイミングのズレが発生してしまうため、吃りが出てしまうとされています。

これは幼少期に発生するもので、幼少期は脳の成長の柔軟性が高いので、適切な対応を取ることで自然回復することも多々あります。

1次吃音の重要なポイントは下記のとおりです。

1次吃音=脳神経回路の異常によるタイミングのズレ

2次吃音とは

2次吃音は、下記表の右側です。
これは、1次吃音に対する自発的な反応の結果、症状となってしまうものです。

例えば

1次吃音により連発や伸発が発生

周りからのからかい、いじめなど

「吃音は恥ずかしい」「吃音の自分はダメなんだ」という思考が生まれる

吃らないように力を入れて話す。話すことに恐怖を覚える。

難発、予期不安、自己嫌悪、回避の発生

という感じです。

2次吃音の重要なポイントは下記のとおりです。

2次吃音=1次吃音を抑えるために起こった行動や思考の結果
(習慣または癖のようなもの)

そしてこの2次吃音はどんどん強化されてしまいます。
この辺りは下記記事にて解説しています。

例えばこんな感じです。

① 難発、随伴運動などの強化

難発が出始める

なんとか話そうとする

力んだり、体を叩いたり、床を蹴ったりする(随伴運動)

言えた(ホッとする)

安心感(脳が随伴運動を良い方法と学習する)

随伴運動が強化され続ける(力むからさらに声が出ない)

② 不安や回避の強化

吃るとからかわれる、吃りたくない

話す場面が怖い(予期不安)

話す場面から逃げる

安心感(ホッとする→脳が回避を良い方法と学習する)

回避が強化される

話す場面がさらに怖くなる(予期不安の強化)

吃音症状の種類の復習

吃音症状の種類を改めて確認します。
吃音症状に下記のような分類があります。

・連発、伸発
・難発

・挿入:「えっと…」「あの」「なんだっけ」などを使う
・準備・工夫:唾のみ、発話の準備など
・回避:場面回避、言い換え、思い出せないふり
・随伴運動
・予期不安
・情緒的反応:羞恥、不安、恐怖、自責、怒り、落ち込みなど

など

これらのうち、1次吃音は連発と伸発のみ(力みのない状態)です。
2次吃音は連発と伸発以外です。

つまり、

難発、挿入、回避、随伴運動(力んだ連発を含む)、予期不安、情緒的反応などは、あくまで2次的に習慣となって体や脳に染み付いてしまったものであり、習慣を変えていくことで改善は十分可能ということです。

例えば、極端ですが「姿勢が悪い」とか「箸の持ち方が悪い」みたいなイメージで、これらは間違った姿勢や持ち方をずっと継続してきたために染み付いてしまったもので、生まれつきそうだったわけではないし、ありのままの状態でもありません。
(ごく一部でそういうパターンもあるかもしれませんが…)

これらを改善できるかどうかを考えてみていただきたいのですが、これらは努力しても改善できないでしょうか?
・気付いたときに姿勢を正す
・矯正ベルトを使う
・正しい姿勢や持ち方を学び練習する

などで、変化を起こすことは十分可能だと思います。

※これらは3日、1週間、1か月くらいで簡単に修正することはできないように、吃音改善についても長期戦を覚悟した方が良いと思います。

心理学理論からの考察

2次吃音症状のように、1次吃音と環境あるいは感情が紐づくことで新しい反応が形成されることを、心理学用語で「学習」または「条件づけ」と言います。
また、それが繰り返されることで、反応が大きくなってしまうことを「強化」と言います。
また、類似した状況でも反応が起きてしまうことを「般化」とも言います。

では、このような強化されてしまった行動を改善するにはどうすれば良いかというところで、「消去」というものが極めて重要になります。

消去とは

消去とは、強化されていた反応(行動)に対して、それを強化する要因をなくすことで、その反応は減少し、条件づけ前の水準に戻ることを言います。

つまり、ホッとするために取った行動(回避や随伴運動など)を抑えていくことで、不安や回避、随伴運動のさらなる進展を防ぎ、これらが起こり始める前の水準に戻ることができるということです。

多くの吃音改善法は消去の要素がある

吃音改善法には様々なものがあります。
例えば

  • 力みのない柔らかい発声方法を習得する

  • 普段回避してしまうことから逃げずに挑戦する

  • 不安や緊張への対処法を学び、逃げずに行動できるようにする

など

これらには先ほど説明した「消去」の要素が含まれています。

力みのない柔らかい発声方法を習得する

随伴運動、挿入、準備など、「何とか言えてホッとする」ための工夫を少なくしていくことで、これらがさらに強化されてしまうことを防ぎ、徐々にこれらの行動を軽減させていく。

普段回避してしまうことから逃げずに挑戦する

「話さなくて良くなってホッとする」ための工夫である回避を少なくしていくことで、回避や予期不安がさらに強化されてしまうことを防ぎ、徐々にこれらの感情や行動を軽減させていく。

不安や緊張への対処法を学び、逃げずに行動できるようにする

不安や緊張から逃げるために、話す機会を回避する行動習慣を見直し、不安や緊張があっても挑戦していくためのノウハウを身につけることで話す機会に挑戦する回数を増やしていき、回避や不安の強化を防ぎ、徐々に軽減させてく。

このように、長い年月をかけて学習してしまった思考や行動の癖(2次吃音)は、消去を行うことで改善することが可能と考えられます。

ちなみにこのような手法には、流暢性形成法や吃音緩和法、認知行動療法、マインドフルネス、ACTなどが該当します。
これらは別の記事でもまとめているので、そちらを見ていただければと思います。

まとめ

  • 吃音には1次吃音2次吃音がある。

  • 1次吃音は遺伝子や発達異常で、2次吃音は1次吃音への反応の結果形成された付加症状である。

  • 2次吃音は学習および強化によって形成されたもので、消去のプロセスを取ることで改善は可能と考えられる

おわりに

よく「吃音は個性」「吃音は治らない」という言葉を見かけますが、個人的にちょっと使われ方に違和感を感じています。
1次吃音に対してこの言葉が使われるのは、まだ良いのかなと思うのですが、2次吃音を含めた吃音全体に使われていることが多いような気がしていて、それは違うのでは?と思います

2次吃音は「生まれ持ったもの」ではなく、環境や思考・行動の癖により学習してしまった習慣のようなものであるので、完全に受け入れなくてはいけないものではないと思いますし、もしもそれが苦痛であれば、正しい方法を知り根気強く実践することで改善の可能性は十分あります。

もちろん改善は一朝一夕ではうまくいかず、長期に渡る個人の努力が不可欠です。ただ、正しい知識と粘り強い努力があれば十分改善の可能性はあり、難発や強い不安、回避行動に苦労していて生活が大変なのであれば、我慢してそれと付き合うことだけが選択肢ではないということは強く言及しておきたいです。

ちなみに1次吃音は治らないの?という疑問があるかと思いますが、これも改善可能だと考えています。近年の脳科学的知見から、吃音改善トレーニングにて発話に関する脳の異常が正常方向に戻っていくかもという研究があり、1次吃音に効いているのでは?と思っています。まだこの辺りは私自身調査中なので、まとまり次第別の記事などでまとめていこうかなと思います。

参考文献
1)森浩一 吃音(どもり)の評価と対応 日本耳鼻咽喉科学会会報 2020 年 123 巻 9 号 p. 1153-1160
2)耳鼻咽喉科医師が行う低強度認知行動療法 心身医学 2023 年 63 巻 3 号 p. 229-235
3)やさびと心理学 古典的条件づけ(レスポンデント条件づけ)とは?例もわかりやすく説明
4)やさびと心理学 オペラント条件づけ(道具的条件づけ)とは?学習の例をわかりやすく説明
5)森浩一 成人吃音の難発を短時間で解除する指導法
6)心理学用語の学習







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?