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吃音の脳神経学的メカニズムの解明

この記事では、吃音に関するfMRIやPETなどによる脳および神経学的基盤に関する研究をまとめます。 県立広島大学の城本修教授が様々な研究をまとめてくださっており、そこから紹介します。

かなり難しい内容ですが、ここを理解しておくと、のちに解説する吃音改善の理論とその臨床結果について、理解度が大きく異なります。
今まで「そんなの意味ないでしょ」と思ってきた吃音改善法が、実は脳神経学的にも効果を確認できたりします
(長くなるのでここはまた別の記事でまとめます)。
難しい方は、まとめや太字だけでも読んでおいてください。

先にざっくりまとめ

順番が逆ですが、難しい話になるので先に結論を書くとこうなります。

「吃音者と非吃音者の脳および神経の活動パターンは異なる」

もう少しだけ詳しくまとめるとこうなります。

  1. 吃音者と非吃音者は、脳の活動や構造、パターンに差異がある。

  2. これらは先天的なものと後天的のものがある。

  3. 運動野-聴覚野の結びつきが弱いことが、吃音が持続する因子となっている。

  4. 吃音は脳活動の結果生じるものと考えられる。

では具体的な研究と結果を見ていきます。

成人吃音者の研究

脳の構造上の問題

①Foundas ら (2001、2004) の研究

Foundas ら (2001、2004) の研究では、Wernicke 野(言語機能に関わる脳の一部)などの左側頭平面が、右平面に比べて体積が小さくなっていること(非吃音者では左の方が大きい)を報告しました。
→吃音者では発話や言語の聴覚的な処理が、非吃音者と異なっている可能性が推察されます。

②Jancke ら(2004)の研究

Jancke ら(2004)は、吃音者の一次聴覚野(聴覚 (音) 情報の処理を担う領域)や右半球の Broca 野(言語機能に関わる脳の一部)との対称領域の白質(脳と脊髄からなる中枢神経組織の中で、神経細胞(ニューロン)の細胞体に乏しく主に神経線維が集積し走行している領域)の体積が、非吃音者に比して大きいことを報告し、特に右半球の処理構造が非吃音者と異なっており、半球内の情報交換が非吃音者とは異なることを示しました。

③Choo ら(2011)の研究

Choo ら(2011)の研究では、吃音者で脳梁(左右の大脳半球をつなぐ交連線維の太い束)の肥大化が報告されています。このことより、通常は左半球で優位性が認められる活動を右半球で行う可能性か、あるいは左半球の活動を干渉している可能性が示唆されました。

④Watkins ら(2008)の研究

Watkins ら(2008)は、吃音者では特に発話運動に関与する前頭葉領域(大脳の前部分に位置し、人間の運動、言語、感情をつかさどる)と聴覚皮質(音に関する情報を処理する大脳皮質の領域)などが存在する側頭葉間の白質の状態が不完全であり(ミエリン(神経細胞の軸索の周囲を覆う脂質に富んだ膜構造)の欠如、神経線維束(脊髄内に集まっている神経細胞から軸索(じくさく)が束となって体の各部分に向かう構造)の密度が低い)、発話動作と言語レベルの処理がうまく同調していない可能性があると結論づけています。

⑤Song ら(2007)の研究

Song ら(2007)は、両側の小脳(知覚情報の統合や情動の制御)や延髄(脳髄の下端、脊髄につながる部分)における灰白質(神経細胞の細胞体が集合している領域)の体積が減少していたことを指摘しています。

脳の機能上の問題

①Watkins ら(1992)の研究

大脳半球の機能的異常に関して、Watkins ら(1992)による報告では、吃音者の側頭葉の血流量が非吃音者に比べて少なく、半球間で比べると左半球のほうが少ない状態を認めています。
また、彼らは、その後の fMRI を用いた研究(2008)で、吃音者の右半球の特に Broca 野と対称領域の過活動を示しました。その一方で、吃音者の両側での聴覚皮質の賦活(活動)は非吃音者に比べて低いことを報告しました。

②Kell ら(2009)の研究

さらに、Kell ら(2009)は、この異常な賦活が皮質だけでなく、大脳基底核や小脳などの感覚運動の統合に関与する領域においても確認できたと報告しています。

③Salmelin ら(2000)の研究

Salmelin ら(2000)は、脳磁図を用いて、脳領域が賦活する順番を時系列に調べた研究を行い、本来、音読を行う際に Broca 野で構音コードを生成した後に運動野などの発話運動制御が起こるはずであるが、吃音者の場合、この順番が逆になっていることが示しています。すなわち、発話のために音韻表現を生成する前の不十分な段階で、発話運動が開始されてしまっていることが示唆されたのです。このことは、言語処理過程と発話運動処理過程のタイミングがかみ合っていない可能性を示唆しています。

成人吃音者の研究まとめ

上述のように脳の構造的な問題だけでなく機能的な面でも、吃音者は非吃音者とは異なっており、一般的に発話・言語処理に関して大きく関与するとされる左半球内の情報交換が上手く機能していないことや右半球が非吃音者よりも過剰に関与していることが推測されました。また、大脳基底核や小脳などにも異常が認められていることから、運動の調節や学習、感覚と運動の統合など、運動に関与するシステムが根本的に障害されていることが推察されました。

吃音児の研究

吃音児の脳構造の問題

Chang ら(2008)の研究では、吃音児の上縦束における白質の状態が不完全であり、運動企画や感覚処理などに関与する脳領域間の信号が流暢な発話を行うために十分な速度で交換されていないことを報告しました。

また、皮質脊髄路(大脳皮質と脊髄をつなぐ神経回路)や脊髄視床路(脊髄から発している感覚伝導路)にも同様の兆候が認められ、適切なタイミングで発話に関与する筋系が同調することを妨げている可能性があると説明しています。さらに、Choo ら(2012)の報告では、脳梁(左右の大脳半球をつなぐ交連線維の太い束)の状態に関しては非吃音児との間に構造上の差異が認められないとしています。

吃音児の脳機能の問題に関して、Chang ら(2013)の fMRI を用いた研究では、吃音児の前頭葉下部の運動領野‐聴覚野、補足運動野‐被殻間の各々をつなぐ神経回路の各連絡が障害されていることを示しています。

つまり、吃音児では、発話意志の発現と同時に、発話運動の企画・実行を行うことが困難であることを示しています。
ただし、前者の回路に関しては吃音のある男児のみで認められたと報告されています。
一般的に女児のほうが吃音から自然回復する可能性が高いことから考えて、この神経回路の連絡が正常であるかどうかによって吃音の自然回復を推測できる可能性があると考えられます。

運動野―聴覚野の連絡障害

成人吃音者を対象とした研究では、発症から一定期間がすでに経過していて、大脳半球の異常がすでに先天的に存在していたのか、あるいは吃症状への適応過程で脳に二次的に構造的・機能的異常が生じたのかが不明確でした。しかし、これまでの研究から、成人・小児の男児で、ともに運動野‐聴覚野の連絡が障害されていることは一致しています。

Yairi ら(1992)が行った実態調査では、発吃が起こりやすいとされる幼児期の時点では男女比がほぼ等しいのに対して、成人を含めて学齢期以降になると、男性患者の割合が多いことを報告しています。

また、Ambrose ら(1997)は、吃音から自然回復した幼児と吃音が持続した幼児(吃音児)の集団間で、遺伝的要因を比較する研究を行い、どちらの集団も共通の遺伝子の影響を受けているが、後者のグループでは他にいくつかの遺伝子が関与していると結論付けています

これらのことから、女児のほうが吃音から自然回復する傾向が高いことは理論的に説明される
また、運動野-聴覚野の結びつきが弱いことが、吃音が持続する因子となっていることが考えられます。

さらに、臨床的な応用として、将来的には脳機能画像を調べることによって、小児の時点で吃音の予後を推測できる可能性が示されました。

ただし、Chang ら(2013)の研究では、対象となった吃音児の大半が男児であるという問題点がありました。つまり、吃音が持続する吃音児においては、女児が男児に比して少ないものの女児も存在しているため、この研究対象となった少数の女児が、将来的に全員自然回復するので、これらの所見が示されたという可能性もあります。したがって、性別で比較することは現時点では困難です。

大脳基底核レベルでのシステム不全

Changら(2013)の研究で対象となった吃音児全体において、補足運動野‐被殻などの大脳基底核(大脳皮質と視床・脳幹を結びつけている神経核の集まり)レベルでの機能不全が確認されました
また、成人吃音者についても、Kellら(2009)の研究において、大脳基底核や小脳などの皮質下領域に異常な賦活が報告されました。
これらの結果から、大脳基底核レベルでのシステム不全が吃症状の神経学的基盤として存在し、感覚運動統合や運動の制御に何らかの支障をきたしていることが推測されます。
加えて、発話と関係のある直接的な領域も障害されている可能性が考えられます。

脳の代償的変化

脳の代償的変化について、吃音児の場合、脳梁(左右の大脳半球をつなぐ交連線維の太い束)に関しては非吃音児との差異は認められませんでした。ただし、成人の吃音者では脳梁の肥大化が報告されました。

Alm(2004)は、大脳基底核が補足運動野に十分な時間的情報を提供できないため、吃症状が起こっている際に右半球に優位な賦活が代償的に生じると説明しています
これは、成人吃音者のみで脳梁の肥大化が認められたことと一致します。
すなわち、成人吃音者における右半球の過剰な関与が、吃症状に対する代償反応として生じ、結果的に脳梁に通常よりも負荷がかかり肥大化につながったと考えられます。

吃音への遺伝的関与

吃音への遺伝的関与について、先述のように代償的変化が生じる場合もありますが、遺伝的要因によって脳の器質的・機能的な差異が先天的に生じていることが分かっています。
ただし、具体的な遺伝子と脳の異常の対応関係は不明です。また、吃音の遺伝的要因が強いことは確かですが、これだけでは全てを説明することは難しいとされています

自然回復

吃音からの自然回復は小児によく見られ、その確率は 80% 以上であると報告されています。これらの要因には、
・女性である
・吃音の家族歴がないこと
・吃音発症時の年齢が低いこと
・音声の正確さのスコアが高いこと
・表現力と受容言語のスコアが高いこと
・吃音の頻度が低いこと
などが含まれます。(Singer CM,Walsh Bら 20220.2021)。

回復期の子供は当初、吃音が持続してしまう子供と同様の神経解剖学的障害を有していますが、時間の経過とともにこれらは正常化する傾向があり、白質の微細構造の成長速度が、吃音のない子供で観察される速度を上回ることがあることが示されています(Chow HM et al.2015 2017)。

痙攣性発声障害の脳構造・機能に関する研究

痙攣性発声障害の脳構造・機能に関する研究において、痙攣性発声障害患者の症状が特定のタスクに特有であり、笑い声、泣き声、叫び声などの情動表現では発生しないことが報告されています(Bloch et al. 1985)。

この特徴は、当初、心理的要因の関与も考えられましたが、哺乳類の発声(泣き声などの原始的発声)と人間がコミュニケーションに用いる発声(自発話)は異なる神経回路を使用していると考えられ、痙攣性発声障害では自発話発声が障害されていると考えられるようになりました。

そのため、痙攣性発声障害患者の縁上回、弓状束、前頭弁蓋部、内包、中大脳動脈領域の構造・機能に関する多くの研究が行われています。
痙攣性発声障害患者は健常成人と比較して、皮質延髄路で内包膝部に異常を示しています(Simonyan et al. 2008)。さらに、基底核の他の領域でも構造的な異常が報告されています。

近年、1名の痙攣性発声障害患者の脳の剖検から、健常成人の脳と比較して、右内包の軸索密度およびミエリン含有量の減少が報告されています。
また、fMRIによる研究では、健常成人と比較して、痙攣性発声障害患者の発声時の体性感覚領域における異常な脳賦活は、症状の重篤度に相関して増加傾向を示しました。ただし、これが障害の結果であるか、障害の前駆症状であるかについては不明です。

まとめ

吃音者と非吃音者の脳および神経の活動パターンは異なっており、下記のようなことが分かっています。

  1. 吃音者と非吃音者は、脳の活動や構造、パターンに差異がある。

  2. これらは先天的なものと後天的のものがある。

  3. 運動野-聴覚野の結びつきが弱いことが、吃音が持続する因子となっている。

  4. 吃音は脳活動の結果生じるものと考えられる。

痙攣性発声障害の知見から、場面による吃音の出現なども、神経学的に説明ができるかもしれません。

参考
1)城本 修 吃音の神経学的基盤に関する文献研究
2)Barkmeier, JM., Case JL. "Differential diagnosis of adductor spasmodic dysphonia, vocal tremor, and muscle tension dysphonia." Current Opinion in Otolaryngology & Head and Neck Surgery, 8:174-179, 2000.
3)Soo-Eun Chang: "Research updates in neuroimaging studies of children who stutter." Seminars in Speech and Language, 35:67-79, 2014.
4)Soo-Eun Chang, David C. Zhu: "Neural network connectivity differences in children who stutter." Brain, 136:3709-3726, 2013.
5)Ludlow CL., Loucks T.: "Stuttering: a dynamic motor control disorder." Journal of Fluency Disorders, 28:273-295, 2003.
6)Ludlow CL.: "Spasmodic dysphonia: a laryngeal control disorder specific to speech." Journal of Neuroscience, 31(3):793-797, 2011.
7)Roy N.: "Differential diagnosis of muscle tension dysphonia and adductor spasmodic dysphonia." Current Opinion in Otolaryngology & Head and Neck Surgery, 18:165-170, 2010.
8)Nicole E. Neef , Soo-Eun Chang Knowns and unknowns about the neurobiology of stuttering

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