世界で一番短い小説とムダに長い解説

Cuando despertó, el dinosaurio todavía estaba allí.
Augusto Monterroso
目が醒めると、例の恐竜はまだそこにいた。
アウグスト・モンテローソ

全集 その他の物語

はじめに

  諸説ありますが、世界でもっとも短い小説と言うと、グアテマラ人作家アウグスト・モンテローソが1959年に発表した『全集 その他の物語』に収録されている「恐竜」が挙げられることが多いです。
 アウグスト・モンテローソはイブ・モンタンやアストル・ピアソラが生まれた1921年に中米ホンジュラスで生まれています。1936年、グアテマラの国籍を取得しながらも、1956年以降は亡命者として、2003年の死去までメキシコに暮らしていました。そのメキシコで1929年から2000年まで政権を担当したのが制度的革命党(PRI)で、その古さ、大きさからマスコミは「恐竜」と揶揄していました。
 この短い小説における「恐竜」の正体を リチャード・ローティの「偶然性・アイロニー・連帯」のスキームに沿って考察したいと思います。

偶然性(Contingency)

 この物語の登場人物は、主人公、恐竜(?)、その目撃者である作者、そして読者です。この4者が存在する経緯、体験する世界は、全くの偶然の産物であり、読者がこの物語を読むまでそれぞれ孤独だった存在が、偶然、1つの物語に投げ出されることにより、変身していくことになります。

アイロニー(Irony)

 この変身の道具がアイロニーです。本来、ギリシア語の εἰρωνεία(エイロネイア)は「虚偽、仮面」という意味で、演劇では、役者の偽装した無知を指し、観客が知っていることを役柄上、知らない振りをして、劇を盛り上げます。そして、それはソクラテスの言う「無知の知」に通底し、俗ラテン語で(ローマ風に)愛や冒険を歌い流浪した吟遊詩人たちの “la gaya scienza”(高揚感と無力感のないまぜ、「愉しき学問」)を経由して、芸術家の自己破壊と自己創造のロマン主義的アイロニーに受け継がれていくわけです。ドイツでスペイン黄金世紀の古典劇が見直される時代精神(ℨ𝔢𝔦𝔱𝔤𝔢𝔦𝔰𝔱)の中、森鴎外はドイツに留学し、日本にロマン主義を輸入した。帰朝後、レクラム文庫版「サラメアの村長」を「調高矣洋絃一曲(しらべはたかきギタルラのひとふし)」と題して翻案し、新聞連載を始めたが、大衆受けはせず、連載休止。教科書的なロマン主義の輸入第一作は、「舞姫」となったのではありましたが。
 閑話休題、「恐竜」の小説に戻ると、作者は「恐竜がそこにいる」ことを見ている。一方、主人公は、目覚めた時点では、恐竜に気づいていないと思われる。読者もまた恐竜の存在を知ってはいるが、恐竜がタイムスリップしたものなのか、目覚めた猫の前に投げ出された帝国主義の象徴ミッキーマウスの誇張表現なのか、三文化広場で昼寝をしていたシケイロスが見たケツァルコルトルなのか、知る方法がない。一見、客観的事実と思えるこの小説は、実はミームに過ぎず、主人公、読者にとって想像の生成と崩壊の場であり、アイロニーに満ちているわけです。1968年のメキシコ五輪の直前に起きたトラテロルコの虐殺を想えば、恐竜の正体が当時のメキシコを統治したPRIの暗喩という考えも成り立つのかもしれないが、それは少しアイロニーに欠けるように思う。

連帯(Solidarity)

 1968年と言うと、パリ五月革命。ソルボンヌ大学の落書きに “Soyez solidaires et non solitaires!” (孤独ではなく連帯を)というものがあった。その後、オデオン劇場の壁には、 “Solitaire d’abord, solidaire enfin !” (まずは孤独、それから連帯を)という落書きが現れたらしい。ここに、私は革命の深化を感じるのです。他人の「究極の語彙」に踊らされ「虐殺の文法」に則って暴徒と化した学生達に、孤独のうちに自分の内なる高揚感と無力感を実感してから連帯しようという省察、理念の脱皮が垣間見えるからです。
 実のところは、Augusto Monterroso自身、恐竜とは何なのかを明かさず亡くなっており、単に5-8-5の俳句形式を小説に託しただけで、そのミームについて後世の人間が語り合っているのを天国から眺めるのが目的だったように思います。そして、メキシコに落ちた隕石で絶滅した動物をその痕跡から「愉しき学問」の叡智を結集して復元した人類の連帯の成果が、「恐竜」なんだと訴えているような気がします。従属節の隠された主語は、la humanidad (人類、人間性)だったのかもしれませんね。

参考図書

  1. 「偶然性・アイロニー・連帯」 リチャード・ローティ

  2. 「ロマン派文学論」フリードリッヒ・シュレーゲル

  3. 「虐殺器官」伊藤計劃


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