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俺の姉ちゃん




離婚した姉が実家に帰って来た。
「結婚も離婚もできて楽しかった」
12歳上の姉はふんわりと呟き、俺が出した炭酸水を一気飲みして「生きてるのって面白いよね。色々やっても何にも張り付かない。ずっと新品」と続け、お母さんとお父さんまだ帰んないの?と俺に尋ねた。

「コストコ行ってるから長いよ、しばらく実家にいるの?」
姉は15歳上の男の人と出会ってすぐ入籍して、新婚旅行のタイミングでこの家から出て行った。
「分かんない。せっかく離婚したし、とりあえずなんか、彼氏でも作ろうかな」
せっかく人参あるしカレーでも作ろうかなみたいに言ってきたなとひるみながらも「もう懲りたんじゃない。年齢的にも年甲斐がないってゆうか」って俺も姉に喰ってかかるからなぁ昔から。

「年齢?年甲斐?」
姉は俺の反論をのんびり繰り返しながら長い髪を後ろに持っていきそのままテーブルにある青いクリップでざっくりまとめた。
姉ちゃんそれお菓子食べ切れなかった時、袋閉じるやつ!と突っ込もうとしたが、髪をバサっと纏めた姉は妙にキマってて、グッと黙ってしまった。

「年齢って、でも今心臓動いてるんだけど私」
飲み終わったグラスの淵を指でなぞりながら姉は「年甲斐もないって、生きてるうちはどうせ皆んな年甲斐なんてないんだから好きにしたらいいんだよ」と続けた。
ああ姉だな、この感じ、いかにも確かに我が家の姉だとしみじみ懐かしんでる俺に向かって、姉はさらにほろほろと畳み掛ける。
「死んだ人から見たら生きてる人全員、ぴちぴちのド現役だよ」


空のグラスを俺に傾けて、炭酸水だけって飽きたから、カルピスソーダにしてくれない?とゆったり司令する姉。

めんどくさいなぁと思う前に体は冷蔵庫に向かいカルピスを取り出している俺、これすなわち我が家の弟。

「世間体ってもんがあるけどね。離婚してすぐ男なんか作ったら何か言われるんじゃない」
とにかく何か姉にぶつけたくて、勝ちたくて、特に思ってもない事を言い返す。
相手が特に思ってもない事をぶつけてきた時の姉は強い、という事を、ぶつけてから思い出す。


「世間体?」
姉が俺を、世間知らずな新入社員を見るように興味深そうに見つめる。
「あんたのスポンサーって世間体なの?世間体が給料くれんの?ポイント貯まる?世間体ポイント。そのポイントどっかで還元できる?」
姉が帰って来たのだ。俺の姉が。
すいません僕が悪かったですもうこの話辞めませんかの代わりに、カルピスソーダを姉の前に献上する。

姉はカルピスソーダを一口飲み、ちょっと薄い、ケチんないでよ、今日が人生最後のカルピスソーダだったらどうすんのよとブツブツ言って俺を睨んだ。睨まれたよ。なんなんだよこの役回り。

自分の葬式で、と言って立ち上がり姉は冷蔵庫に向かう。
「自分の葬式で貯まった世間体ポイント読み上げられんの?Aさんは人の目を気にしてやりたい事をしっかり我慢できたので世間体ポイント3万ポイントを獲得されましたって?あの世で還元される事でしょうって?」
グラスにカルピスをドバドバ注ぎ足しテーブルに戻った姉はぐいっとグラスを傾けてすぐ、濃すぎた、と言って俺にグラスを差し出しさらに詰め寄る。

「どう?還元される?世間体ポイント」
世間体ポイント気に入っちゃった姉が差し出すカルピスソーダを、俺も強制的に飲む。神様、弟ってなんですか。
「かんげん、されません」
ほぼ原液カルピスで喉を焦がしながら答える。
「へえそうなんだ。なら義理も得もない物に神経削りたくないな。この命、限定品だし」
そうだね姉ちゃん。その通りだよ。
でもカルピスは値上がりしたから、いつもより削りながら使ってね。
母さんに怒られるの、俺なんだよね。


「だからさ、あんたの友達でいい人いたら紹介してね」
年下かよ守備広げてきたな。
分かった探しとくよ姉ちゃん。
おかえり姉ちゃん。不覚にもちょっと楽しいよ。
ただいま俺の中の弟。あの日々が戻るんだね。
この命、限定品か。
それならせっかくだし思い切って今度の日曜、気になるあの子をデートに誘ってみようかな。



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