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はずかしい






丸いものの中に私が入ったので
あなたは焦った。

今日は昼前から仲間内で"仕切り直しピクニック"をする予定で、そんな、丸いものの中に入ってる余裕なんてないから。

「これは宣戦布告にも見える」
あなたが言うので
「そうじゃない。ただの回帰だ」
と私はたしなめる。

あなたはそうか回帰かと言ってホッとしたような、回帰と宣戦布告の何が違うんだと怒りを飲み込んだような、判断が分からない表情をした。
まあでも、どんな表情をしたところで、あなたは悲観に暮れていくし、悲観に暮れながら会員制ジムの更新するし。



自己主張というものをぺりぺりすると、シルバニアファミリーがめっちゃ出て来る。
細部まで細工の凝らされた洋服を着た二足歩行のウサギの家族が、四足歩行に戻りたいと言いながら紅茶を飲んでいる。あの頃は良かったと。

丸いものの中に回帰して、極悪非道の資本主義に四足歩行を奪われたと嘆くシルバニアファミリーと一緒に、紅茶をいただく。
「これはアールグレイですか?美味しい」
私が前のめりに尋ねると
「知らない。リプトンのやつだから」
とお父さんウサギがため息混じりに答える。
「分かります。なんだかんだ結局、リプトンに戻るんですよねー」
私はシルバニアファミリーに恥をかかせてはならないと思い、紅茶あるあるをしてニッコリ微笑む。
シルバニアファミリー御一行は私の配慮に一切触れず、四足歩行がいかにロジカルかを紅茶を飲み飲み語り合っている。


『炭酸水はサンガリアしか買ってこないで』
別のメーカーの炭酸水を箱買いして来たあなたに、私はいつか怒鳴った。
梅雨の終わりだったか。
許せなかった。

丸いものの中、私をぐるりと囲う透明な壁をぴたぴた触る。
向こうではあなたが眼鏡を磨いている。
丸いものの中に入らなければやっていけない私と、ぼやけた景色に一石を投じるあなた。
あなたを眺める私の後ろでお姉ちゃんウサギが
「二足歩行者は永遠を永久化させるからつまらない」と紅茶をすすって悪態を付いた。



「おかえり」
まん丸の中から戻って来た私をあなたが迎える。
「あの中には誰かいるの?色んな声が時々響いてるけど」
私は洗濯を始めようと洗濯機の蓋を開ける。
「私一人のはず」
ふうん、と相槌を打ちあなたは磨いた眼鏡を耳にかける。
「良く見える?」
私が尋ねる。
「見えてるぶん、せばまる」
ふうん、と私も返す。


私がまん丸に入ってたことにより、仲間内との"仕切り直しピクニック"の時間に遅れそうだったので洗濯はお急ぎモードでする事になった。
買い換えたばかりの洗濯機なので、お急ぎモードのやり方を調べるために説明書を取り出しあなたに投げやる。

ふと遠くに、シルバニアファミリーのお母さんウサギが、まん丸の中から私に手を振っているのが見える。
あなたが説明書を読んでいる横で私もお母さんウサギに小さく手を振る。
お母さんウサギはまだずっと手を振っていて、弟ウサギも横に来て手を振り始める。


「あれ、これは洗濯槽の掃除の仕方だよね」
言いながら眼鏡を外しあなたは説明書に顔を埋める。

お母さんウサギと弟ウサギはまだ私に向かってまん丸の中から手を振り、あなたにそっくりな、悲観に暮れた表情をしている。
私はまん丸の中にサングリアの炭酸水を流し込みたくなるのを体全部でこらえる。

あなたが洗濯機の説明書を読んでるのを、シルバニアファミリーに見られるのははずかしい。


あなたが洗濯機の説明書を読んでる横顔を見てると、私は生きてるのがはずかしくなる。











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