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光の底へ

ネオン街に雨が降っている。先輩は「死にたい」と簡単に吐いた。僕は聞かないふりをしようとした。頭の中ではpoeme provencal Op.127が流れていた。この先輩の死にたいは軽い。あまりにも軽い。まるでわたあめのような、雲のような、そんな軽さで暖かさがある。この人はまだ生きたいんだなと理解する。僕は先輩の目を見て「皆生きてて凄いですよね。先輩もすごい。死んだら褒めたいです。悲しいけどね。」と言った。先輩は僕が1度現実から目を背けた事を知らない。僕はきっと寂しくて悲しくて、きっと悲観した表情をしていただろう。先輩は気付いていないからいいよ。僕の話はどうでもいい。僕の人生はもうあの時に終わったようなもんだから。風を斬る音、コンクリートに打ち付けられた衝撃と血の生ぬるさ。あの衝撃。音。先輩は知らない。僕の人生は終わっているはずだった。今日もこの街に居ないはずだった。僕は1度死んだから。だから僕はもう死んでる。だから僕の話はいいよ。

カフカが言ったっけな。人が通ったところに、道は出来ると。1度死んだ僕は、人として生きていいのか。道はある?大丈夫かな。僕は不安で堪らない。あの日死んだはずの僕が夢に出てくる時がある。血まみれの僕が僕に問う。「君はなんで生きてるの?僕はあんなに痛かったのに。」と。僕はね、もう昔の僕では無い気がする。僕は死んだはずなのに今日もこうやって生きている。存在しなかったはずの時間を過ごしている。この日々が偽物になっちゃわないか不安で仕方がない。嬉しかった事、悲しかったこと、抱きしめてくれたこととかも全部存在しないはずだった。全部嘘で夢だったらどうしよう。あの日僕が死んでいたとして、死んだ僕が見ている夢や虚像だったらどうしよう。幻だったらどうしようって。僕が居ないはずだった今日。8階からコンクリートに打ち付けられた3年前の春の終わり。僕は今日、その日を思い出しながら。死んだ僕が見ている夢の中だったらどうしようと考える。僕って生きているかな。痛みもあるよ。泣くよ。笑うよ。嬉しいよ。これが全部嘘だったらかなしいよ。いつもいつも夜に泣いてしまう。僕が僕であるかが分からない。夢じゃなければいいのに。僕は生きていればいいのに。そんな確信を持てればいいのに。

亡き王女の為のパヴァーヌ。深夜の4時に流す。夏が近づいているからか、少し夜が明けかかる。僕はベランダから自分の街を見る。少し眠くなってきた。起きたら何もかも終わってたらどうしよう。寝るのが怖いかも。あの日からずっとずっと不安で堪らないよ。僕は1度死んだから。だから僕は、生の実感が湧かない。おやすみなさい。起きたらおはようって言ってね。まぁそのおはようも夢だったら元も子もないか。おやすみ。おやすみなさい。浅い眠りについて僕は少し重い頭で今日も…生活をこなす。

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