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今年も夏が来てしまう

夏が来ると苦しくなる。頭が真っ白になる。暑くて頭がおかしくなってしまう。だからか分からないけど、なんでもいい気がしてくる。苦しいのを夏のせいにできる。狂ってるいる今を夏のせいにできる。夏って便利な季節だ。逃げの季節だ。今年の夏も苦しい事から逃げよう、暑さのせいにして乗り切ろう。苦しさは夏風に乗せちゃおう。きっと夏の傷は秋風が包んでくれるし、冬になれば寒くて悴んで、感覚なんてないんだから。大丈夫、きっと大丈夫。

小学生の頃は夏休みにはよく祖母の家行っていた。夕焼けにヒグラシが唄う。雲の流れに手を振っている少年が17時のサイレンに駄々をこねる。まだ遊び足りないんだろうな。風鈴が鬱陶しく鳴っている、夏を中和しようと頑張っている。ちりりん。ちりりん。祖母の住んでいる地域は星が満点だった。なんせ田舎だから。夏の大三角なんて埋もれちゃうくらい。ベランダに出て星を見ている。夜の虫が鳴いている。大合唱をしている。宇宙に響いている、星も踊っている。1等星は自己中心的で、その輝きで光を失っていく3等星の星の線は見えなくなる。氷を入れた三ツ矢サイダー。気付いたら氷は全部溶けている、暑いせいなのか、虫の合唱コンクールと星の祝福に夢中になっていたのか、まぁまぁ考えるのは辞めちゃおう。味の薄い三ツ矢サイダーを飲み干して寝床に着いた。鶯の鳴き声で朝を確認する。そんな思い出がある。

僕は21歳になった。あの頃、夏は希望だった。自由だったから。今では熱い太陽と、肌を露出している視姦を免れない女共と、鬱陶しい程うるさい蝉。波のさざめきと、大人になるに連れて飲まくなった三ツ矢サイダー、夏祭り。そんな事しか思い浮かばない。夏と言ったらこれ。夏と言ったらこれ。夏と言えば…。昔の感覚はどっかに行ったのかな。いや、きっと暑くて頭がおかしくなってるんだと思う。暑くて忘れてるんだと思う。夏祭りに行って花火を見に行った。「ひゅードーン。」夏の夜空に迫力満点の火花が散る。僕には少し寂しく見えた。直ぐに消えてしまうのはなんだか儚いから。僕は童心に戻りたくてラムネを買いに行った。近くの子供がラムネの瓶を割ってしまった。ラムネソーダに照らされたビー玉が輝いている。それはまさに夏の煌めきだった。花火よりも綺麗だった。割れたラムネ瓶を見て、夏が終わってしまった気がした。ラムネを買うのを辞めた。あの時の三ツ矢サイダーの味が思い出せない。あの時の虫の唄声を思い出せない。あの時の星の輝きを思い出せない。夏ってのはこんなんでいいのかな。本当にいいのかな。

今年も夏が来てしまう。あの日の夏は戻ってこない。僕の今年の夏は、結局また消化するだけの炎天夏だ。僕の夏の灯火は、既に消えている。あの日の唄も輝きも、忘れたのは夏のせいじゃない。僕は心の中の夏をいつしか殺してしまったんだ。認めたくないから夏のせいにしてるんだ。夏のせいでおかしくなっているんじゃない。僕がおかしくなっているんだ。だから暑さで誤魔化すんだ。ごめんね。あの頃にはもう戻れないや。今年の夏はラムネを飲んでみるよ。石を投げれば宇宙になれるって信じてるよ。僕はまだ信じてる。

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