集まれ!怪談作家に投稿した怪談「空社(からやしろ)」

※前書き

VTuberの榊原 夢さんの企画である「集まれ!怪談作家」に投稿した怪談です。企画の詳しい内容や結果は動画リンクから。

・本文

 目を開けると、社殿へ向かって石畳の道が伸びていた。左右にある苔むした石燈籠の光が弱々しく道を照らし出し、暗闇に道が一本浮かんでいる。
 振り返ると後ろには赤い鳥居があった。石畳は鳥居の外へ続いているが、その先は階段になっている様でよく見えない。

 さっきまで自分の部屋で寝ていたはずで、こんな場所に見覚えも無ければ来た覚えもない。あまりの状況に戸惑ったが、すぐに合点がいった。
 なるほど、これは夢か。寝たのは大晦日、起きれば正月である。だからこんな夢を見ているのかもしれない。
 初夢ならばと思い、期待を胸に辺りを見回してみた。が、残念ながら富士も鷹も茄子も見当たらない。それどころか全て暗闇で、自分と神社以外は何も存在しないかのように見える。残念な気持ちと同時に気味の悪さを覚えたが、しかし初夢で初詣とは縁起がいい。
 とりあえずお参りしてみようと、社殿に近づいてみた。檜皮葺の屋根に風雨に晒されてすっかり古色となった木の柱と壁、掠れて文字の消えかかってる賽銭箱、ボロボロになった鈴緒。お世辞にも綺麗とは言い難い、かなり年季の入った神社のようだ。

 そういえば、なんていう名前の神社なのだろうか。名前なら、どこかに書いてた気がする。少し観察してみたが、神社の名前がわかるようなものは無い。
 まぁ夢だし、そんなもんか。そう思ってお参りしようとしと思ったときに、ふとあることに気がついた。
 あっ、しまった、お賽銭なんて無いぞ。着の身着のまま来てしまった。というか勝手に連れてこられてしまったのだ。財布なんて持ってきているわけがない。咄嗟にポケットの中を探ってみると、何か硬いものが入っている。取り出してみると、5円玉が出てきた。
 たまたまなのか、夢だからか。ラッキーなこともあるもんだと安堵して、5円玉を賽銭箱に投げ入れて、ボロボロ具合に少し耐久度に不安を覚えながら、軽く鈴緒を揺らした。
 ガラガラ、ガラガラ。あまりいい音とは言えないが、頭上から鈴の転がる音が聞こえる。二礼、二拍手、一礼。また人が来てくれますように。御願い事を済ませて顔を上げると、開け放たれた拝殿の扉が目についた。
 扉なんて開いてただろうか。先程までは全く気にしてはいなかったが、一度目に付くとやけに気になってきた。入ってみようか。普段はなかなか入れない場所である。何かに誘われるように賽銭箱の横を通り過ぎ、靴を脱いで入って行った。
 しばらく人の手が入ってないのか、かなり埃っぽい。せっかく人が来てくれたんだから、掃除しなきゃ。そう思って、箒を探して部屋の中を見渡す。しかし、拝堂内は伽藍堂としていて、いくつかの行灯、奥に本殿へと続く御扉が見えるばかりで、何もない。そうだ、あの時、すべて処分されてしまったのだった。
 誰も来なくなってから、かなり経つ。最後に人が来たのはいつだろうか。もう思い出すことが出来ない。悲しい思いがこみ上げて、ボロボロと涙が溢れてくる。

 ここに至ってようやく、ふと我に返った。どうして、泣いているんだろうか。なんで箒なんか探していたんだろうか。冷静に考えて、ゾクリと悪寒が走る。
 ここにいたらマズい、そう思った瞬間に、背後からバタンッと大きい音がして、思わず腰を抜かして尻餅をついた。拝殿の扉が閉じたようだ。風もないのに行灯の火が揺ら揺らと揺れ出して、何やら饐えた匂いが漂ってきた。
 ギギギッと木が軋む嫌な音を立てて、御扉がゆっくりと開き始めた。何とも言われぬ嫌悪感、恐怖、不安、そういったものが扉が開いていくにつれて、どんどんと強くなっていく。
 これは本当に夢なのだろうか。あまりの生々しい感覚に、現実のような気がしてくる。夢なら早く覚めて欲しい。
 4分の1ほど開いた御扉から、何が出てきた。行灯の光が暗くてはっきりとは見えないが、どす黒い人間の手のように見える。
 本能的に、アレを見てはいけない、そう感じた。慌てて目を瞑り、ひたすら祈る醒めろ醒めろ醒めろ。御扉の開く音が不意に大きくなり、音が止んだ。醒めろ醒めろ醒めろ。ベタッ、ズルッ、嫌な音が聞こえる。醒めろ醒めろ醒めろ。ベタッ、ズルッ、どんどん匂いが強くなる。醒めろ醒めろ醒めろ。



「もうだめだ、そう思ったとき、ピピピピ、ピピピピ。スマホのアラーム音で飛び起きたんだ」

 Aは、自分の見た夢の話をひとしきり話した後、ふぅと一息ついた。

「それで、運良く逃げられたってことか」
「うん……まぁ、そういうことになる、のかなぁ」
「ん?なんか気になる事でもあるのか?」

 私の問いかけに、妙に歯切れの悪いAを問いただすと、神妙な顔をしてこう答えた。

「アラームが聞こえて起きる直前にさ、外からガラガラって、あの鈴の音が聞こえてきたんだ。誰かがさ、お参りしてたんだよ」

 この日以来、Aの友人であり最初に「この夢を見た」と語っていたというBが行方不明になり、今でも見つかっていないそうだ。

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