集まれ!怪談作家に応募した怪談3「溶人(ようじん)」

※前書き

VTuberの榊原 夢さんの企画である「集まれ!怪談作家」に投稿した怪談です。企画の詳しい内容や結果は動画リンクから。

※本文

 いつも通り仕事を終えて電車に乗り、自宅の最寄り駅から外に出ようとしたところで、思わず足を止めた。
 外はざあざあ降りの雨。今朝の天気予報では降らない予報だったので、今日は傘を持ってきてはいない。
 私と同じように雨を予想していた人は少ないようで、雨が降っているのを見て困っている人、誰かに電話を掛けて迎えを待つ人、意を決してカバンを傘がわりに走って出て行く人、そんな人達で少し混雑している。
 スマホで天気予報を見ても、どうやら当分は止みそうにはない。仕方がなく濡れる覚悟を決めて一歩踏み出そうとした瞬間、誰かがスタスタと私の横を通り過ぎて行った。

 反射的に足を止めて視線を向けると、傘も差さずに歩いて駅を出ていくOL風の女性の後ろ姿が視界に入った。
 誰もが躊躇う大雨の中を、まるで何事でもないように平然と歩いて出て行く。あまりにも場違いな様子にその姿を唖然として目で追っていると、何やら違和感を覚えた。
 下手な合成写真のように、その女性の姿だけが浮いて見える。よく見てみると、女性の輪郭がボヤけて見えていることに気がついた。
 雨降りの中、女性が自分から遠ざかって行くにつれて、まるで砂糖が水に溶けていくかのように、その姿が外側から中心に向かって朧げになっていき、ついには消えてなくなってしまった。

 なんだアレ。突然の現実離れした出来事に頭が追いつかず、その場で固まってしまった。ふと我に返り周りを見ても、見えていないのか駅を行き来する人達には先ほどと変わった様子はない。
 単なる目の錯覚なのか、幻覚を見てしまったのか、見間違いにしても気味が悪い。疲れているのかもしれない、そのせいで変なものを見てしまったんだろう。
 なんとか無理矢理自分を納得させて、今日は帰ったら早く休もうと思い、その日はタクシーをつかまえて帰宅した。しかし、そんな私の疲れているからという無理矢理な憶測は、すぐに見当違いと思い知らされる。

 その日から雨が降る度に、その女の姿を見るようになった。初めてその女の姿を見た最寄りの駅に始まり、信号待ちの交差点、スーパーやショッピングモールの出入り口。
 雨の日に人通りの多い場所で、私が立ち止まって歩き出そうとするタイミングで現れて、傘を差さずに私の横をスタスタと通り過ぎて行き、雨の中へと消えていく。
 周りの人は誰も見向きもしない。私だけが見えている。病院に行ってみたが原因は分からず、精神科にも行き、カウンセリングも受けたが、その女は雨の日に現れ続けた。
 そして、雨の中に溶けていく女の姿を見る度に、自分も濡れたら水に溶けてしまうのではないか、そう思って濡れるのを恐れるようになっていった。
 雨が降っている日は、濡れるのが怖くて会社を休むようになった。ついには風呂も入れなくなり、シャワーを浴びるのも怖くなり、顔を洗うことすら恐れるようになった。
 こうなったらマトモな生活は送れない。精神的にも参ってしまって、退職して実家に帰って必然的に引きこもるようになった。

 しばらくして、高校の同級生だった友人のAが、急に仕事を辞めて実家に帰ってきたという話を聞いて心配して訪ねてきた。
 雨の日に見る奇妙な幻覚を見ていること、それが原因で精神的に病んでしまった話をすると、こんなことを言ってきた。

「その女の顔を見て誰が確かめれば、幻覚を見る理由が分かるかもしれない」

 このAの提案にはかなり戸惑った。何か思い当たる節もないし、その女が誰か分かって、それで解決出来るという自信はなかった。そして何より、得体の知れないモノに触れるのが怖かった。
 しかし、一向に良くならないし、解決するにはそれしか無いという気持ちもある。迷った末に私はAの提案に乗ることにし、雨の日に最初にあの女を見た駅に行くことになった。

 雨の降る休日。駅までは私の家から歩いて10分くらいの距離だが、Aが気を使ってくれて私も濡れるのは嫌だからと、わざわざ車で迎えにきてくれた。
 たった数分だったが、車に乗っている間も怖くて外を見ることはできず、ずっと下を向いていた。車を停める場所がないため直接駅には行けず、近くのコインパーキングに車を停めて、2人で駅へと向かうことにした。
 相変わらず濡れるのは怖く、長靴に雨ガッパを着て更に傘を差す完全防備で、意を決して車の外に出たものの、何処かであの女を見てしまうのではないかと、やはり前を向くことすら出来ない。
 Aに先導してもらいギュッと両手で傘を握りしめ、出来るだけ雨に濡れないように縮こまり、Aの足元に視線を落としてなんとか歩いて駅まで辿り着いた。
 駅の入り口について、あの日、あの幻覚を初めて見た位置に立ち、そしてゆっくりと顔を上げた。

 外はざあざあ降りの雨。あの日と違って予報通りの雨のため、傘を差す人が行き交い、混雑している。

「ここで、見たんだよね」

 Aが私にそう問いかけた。返事をしようとした瞬間、誰がスタスタと私の横を通り過ぎて行った。
 反射的に視線を向けると、傘も差さずに歩いて駅を出ていくOL風の女性の後ろ姿が視界に入った。
 あいつだ。さーっと血の気が引き、体が震えた。あいつが出た。そうAに言おうとした時、誰が視界に飛び込んだ。
 Aだ。Aの後ろ姿。傘も差さずにAがあの女を追って外に出た。Aがあの女に声を掛けようとしている。

「A、ダメ!」

 咄嗟に出た自分でもビックリするほどの大声に、女に追いつきそうだったAが足を止めて振り向き、駅にいた人たちも一斉に私に視線を向けた。
 ザワザワとした喧騒が止み、一瞬、時が止まったかのようなそんな駅の入り口。ただ1人、あの女だけが無関心に歩いて遠ざかって行く。
 束の間の静寂を置いて、周りにいた人達が私に関心を失い動き出すと、Aがアッと気がついて慌てて女の方を向いて、再び女を視界に捉える。
 女の姿が朧げになり、雨の中に溶けて消えるのを見届けると、私は腰が抜けて思わず座り込んでしまった。

「大丈夫!?」

 Aが座り込んだ私に気がつき、駆け寄ってきて声をかける。

「もう、帰ろう」

 涙目になりガタガタ震えて、気が遠くなりそうな中、なんとか絞り出した蚊の鳴くような小さな声で、そう返した。うん、と一言だけAが返事をした。
 心配して駆けつけてくれた通行人や駅員の人、そしてAに支えられながらなんとか立ち上がり、ゆっくり歩いてAの車で家へと帰った。
 この日はAも私の実家に泊まり、次の日の朝、自分の家と帰っていった。

 その日から、Aは何かと私を気にかけてくれて、私もAとなら外に出ることが出来るようになった。次第に1人でも出掛けられるようになり、すっかり病んでいた精神も良くなって行き、バイトが出来るくらいには社会復帰した。
 Aとは今でも友達で、よく遊びに行っている。だが、あの日の話は2人の間ではタブーとなり、どちらとも話し出すことはない。

 そして、今でも、雨の日になるとあの女は現れ続け、雨の中へと溶けていっている。

・あとがき

前回のやつ

その他の怪談


蛇足
 
みんなも奇怪なものを見たときには気を付けてください。
 そう、「溶人にご用心」ってーね!タハーッ!(爆笑ポイント)

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