【試訳】シェイマス・マーフィー『ハンマー』
ハンマー
by シェイマス・マーフィー
もし誰かが彼の話をしたとして、物静かでわきまえていて、ちょっとばかり物知りで、道を歩くときは端を歩くような男だと言うんだろうが、同じ作業小屋で働いていても誰も気づかずに日が過ぎていく男だと言ってもまあ間違いじゃあない。もし誰かが興味を持ったとして、実際は持たれなかったんだが、まあそんなにはね、計算してみたとしたら彼は六十七だった、それは、彼が見習いの時分にキャリグローヘインの尖塔を建てていて、その頃レモネードより強いものを飲んだことがなかったという話を皆聞いていたからだ。彼についてはそれ以上、誰もほとんど知らなかった。
だが私たちは彼の、重さ五ポンドの両口ハンマーについてはそれあ知っていたなんてものじゃない。私たちは年月を指で掴んだ、そいつを手に、アイルランド、イングランド、アメリカじゅうを歩いた、並いる男たちの年月。私たちのほとんどにとっては名前でしかない石をそのハンマーは相手にしてきた。バーモントの花崗岩、インディアナの石灰岩、ジョージアのエルバートン花崗岩、その他のアメリカの石、パーベック・マーブル、ホプトン・ウッド石、ポートランド、クリプシャム、そしてキャバンのロスからコークのカリガトランプまで、アイルランドの石灰岩。
私たちは皆そいつを使うのが好きだったし、そいつが見てきた場所や石を思い浮かべるのが好きだった。両口ハンマーを借りる口実を誰かが考えつかないまま終わる日などなかった。それは人格があるハンマーだった。ちょっと長すぎる十字架があって端を落としたいと思ったり、細長い石灰岩で細工がしたいと思ったら、そら両口ハンマーの出番だ。海千山千、年を経ていて、もう、石に見せてやるだけでいいんだ。
私たちはいつも敬意を込めてそいつを扱っていた。それを借りたら、両手に持って重さを量り、それを撫で、それの話を──それに話を──し、その小口のふくらみを、中央から両方の小口に向かってシュッとなった四本の面取りを調べる、小口は丸さも大きさもちょうどペニー銅貨だった。すり減ってへこんで、使い続けられてとうの昔に角が取れていた。
そいつはいつも持ち歩かれ、大いなる道具と呼ばれていた。私はとても若く、正確な言葉が好きなたちで、なぜハンマーではなく道具と呼ばれるのかずっとわからなかった。私は、道具のことはノミとかタガネと呼ぶんだ、だが、両口ハンマーを使い、それを掲げ、目を細め、微笑む男たちを見ていると、そいつを大いなる道具と呼ぶことが最高の賛辞なのだと私にもわかってきた。
一度、柄が緩んでしまったことがあった。他の金槌なら楔を打ち込んで一件落着だろうが、こいつはわけが違う。私たちは厳粛な協議をやった、全員が意見を述べた。ある者は柄の新調に賛成し、ある者は鉄の楔がいいと考え、他の者はオーク材がいいと言う。大真面目な問題だ。
そうだとも、両口ハンマーはとても重要だった。仕事終わりに作業台に置きっぱなしにされることなどあったためしがない、持ちぬしの道具箱の底に大切にしまわれた。一度も話に上らずに終わる日が続いたとて、そのような事態を持ちぬしが放っておくはずがない。どうにかしてハンマーに興味を惹きつけ、ついでに彼自身もいささか注目されよう、というのも、これなしでは気にも留められない、目にも入らない男だったから。まるで優秀なテリア犬の飼いぬしのようだった。ある種の栄光を反射して、皆の質問に答え、我が手に渡るまでのハンマーの歴史をもう一度。我が道具の浴びる賞賛と敬愛をちょっと我が身に引き受け、話題が移り変わればそっと背景に消えていく。
新入りがやってくるまではすべてがこんな具合だった。男はカーロウ出身で、自分でも言っていたとおり、小さな郡の大きな男だった。やつは、作業小屋に漂う両口ハンマーへの念をまったく理解できなかった。おしゃべりや与太話や絶賛に耳を傾けた末、ある日、口を開いた──「いったいなにを言ってるんだ、古くさいハンマーに? そのへんの金槌より良いところなんてあるものか。 なにも違わないだろうが」。
私たちは喧々諤々と議論し説明し、両口ハンマーにまつわる夢と伝統を説いたが、やつにはわからなかった。仕事場の何ダースもの他の金槌と同じだ、とやつは言い張った。両口ハンマーのぬしはあまりなにも言わなかったが、連日時間をかけて、磨き布でハンマーを磨きあげた、ハンマーは銀のように光った。それを作業台に置いて言った。
「さあ、他のハンマーと同じかね?」私たちは皆、しげしげと眺めた。それは確かに同じではないように見えたし、いやとてつもなく風変わりに見えたが、なにかが正しくなかった。魔法が破られてしまったのかもしれない。あるいは、私たちが皆、カーロウ男の態度に感染してしまったせいなのか──とにかく、光り輝くそれを眺めている男たちは、互いの目に不信のかげを見てとった。
両口ハンマーの日々は終わった。時が経つにつれて、それについて語られることはどんどん少なくなり、男たちはハンマーを借りることを忘れた。持ちぬしもその話を持ち出そうとはしなかった。今となっては、彼の名前も、その後どうなったかも覚えていない。
(了)
シェイマス・マーフィー略歴
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