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自分の苗字のことと、出席番号がコンプレックスだったことを思い出した

前職のときに仲の良かった人が結婚したことを聞いた。大変嬉しい。
そして苗字のことで少し揉めたことを聞いた。

僕が結婚するとき、なにも揉めるようなことがなかったので驚いた。たしか当然のように、夫の苗字を名乗るところに妻がチェック入れていたような気がする。いや、妻にいいの? と訊いたような気もする。 

妻が入籍後に数多くの変更手続きをしていたり、印鑑を変えたりを面倒くさいと言いながらやっているのを少し申し訳なく思ったことはあった。

苗字で揉めたということを聞いてよくよく考えてみると、別に僕は自分の苗字が好きではないけど、いざ変わるとなったら嫌だなあと思った。

そんな素ぶりを見せることがなかった妻にはしっかりと感謝をしなければと思った。自分の苗字が変わることは抵抗があったと思う。四半世紀それを名乗り続けて来たわけだし。


また、苗字が変わることで考えたことが、出席番号のこと。

僕の苗字だと出席番号は結構後ろのほうになる。なぜかこれがすごく嫌だった。
なぜなのか理由はわからないのだけど、すごく嫌だったのだ。

どうしようもないことだし、出席番号が早いかどうかなんて産まれたから決まっていることなのだ。そのうえ別にどうだっていい。

背の順の前のほうが嫌だった、とかならまだわかるけれど、出席番号が遅いことがちょっとしたコンプレックスだということはどういう頭の中なのだろうか。

実際、僕は義務教育の間、背の順はほとんど先頭だったので、それは嫌だった。あまりないが出席番号順で並ぶときは後ろのほうになる。喜びそうなものだけれど、なんで嫌だったのだろう。

中学一年のときは、出席番号が男女別に分かれていた。男子のあとに女子だったので、僕は中学に入学したときに小学生のときでは考えられないくらい前半の出席番号を手に入れた。これは跳び上がるほど嬉しかった。しかし中学二年になったときに男女混合の出席番号になったので、人生で出席番号が早かったことはその一年間だけだが。 

出席番号が早いことがかっこよく見えたんだよなあ。なんでだろうなあ。

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