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切腹布教活動3 切腹写真集「匂う蓮」

 切腹写真集「匂う蓮」が発売されたのは、2012年。桐箱入りのこの写真集には、想い入れがあり、いろんな出来事が脳裏に焼きついている。

 そもそもこの写真は、写真集のために撮られたものではなく、東京銀座「ヴァニラ画廊」で2011年、写真個展用の作品であった。「切腹を写真家によるアート作品として撮る」というコンセプトのもとに、写真家池内功和氏と話し合いが進められていった。
 池内氏はコマーシャル界の人であり、サブカルチャーでもなく、ましてや切腹を擬態でやる、なんて知る由もなかったが、死生観について話し合っているうちに、この写真家に撮ってもらいたい、と思ったのである。

 2011年9月。ロケ地は長野県某所。池内氏の友人宅の古民家。この古民家も百年の歴史があり、只者ではない空気感があった。どこを撮っても絵になり、すでに私の心は踊っていた。こんな場所で腹切り出来るなんて幸せ、と。しかしこの家だけで撮影を終わらせるのは勿体無い。ここまできたからには、野外でも、と思い、この家のある集落を見て回った。 そして廃寺を発見。朽ちてはいるが、民家に囲まれている地でもあり、周辺は掃除されている。静かに中に入ると、さほど汚れていなく、荒ぶれていない。私たちはお互いにここが気に入り、撮影地と決めた。
 翌日、撮影のために選んだ着物を着て、廃寺の中へ立つ。特に何も決めず、お互いの調子が出るまで捨てカット的に撮影を開始するも、私の中に妄想がどんどんふくらんでくる。私は尼僧。それも男を誘ってたぶらかす悪女。この設定は、もともと私の心の中にあったものだ。男うんぬんは別にしても、本当に尼僧になりたいと願う時期もあった。私はこの廃寺が自分の寺であるかのような想いに浸り、入り込んでいった。自然と身体が動き、シャッター音が静かな寺に響く。私はファインダーを見つめ、切腹へ誘い込んでいく女、尼僧へと変わっていったようだ。

 2泊3日のロケは、大いに楽しんだ。日中はたっぷり撮影をし、日が暮れれば古民家の住人と宴会。 そんな幸せな時から一週間。池内氏は写真の上がりを見せてくれた。廃寺のシーン。私の顔が明らかに違っている。何だこれは。こんな妖しい私の顔は今まで見たことがない。瞳はファインダーをみ、明らかに誘っている。何かを…。そして私は見つけてしまった。寺の縁側に座り込み、脚を開きぎみにしている私の後ろに、男の顔だけがある!その顔はニヤついて。「これ、顔だよね。あの時誰もいなかったよね」「え?全然気づかなかった。そうか。僕、たまに呼んじゃうんだよね」これは紛れもなく……である。私の異様に妖しい顔は、この男の顔がそうさせていたのか、この表情だからやってきたのか、こんなことは初めてである。

 ヴァニラ画廊での個展は、室内の照明を落とし、写真はすべてモノクロで、畳サイズのプリントもあり、迫力と妖しさが漂った、いつもの画廊と違う異空間であった。もちろんニヤついた男の顔も引き伸ばされて、写真の中で佇んでいた。私はこの写真たちを見回し、この個展だけで終わらせるのは寂しい。この雰囲気をもっと残しておきたい、と強く思った。切腹写真というのはストーリーがある。一枚で完結というのではなく、一連の流れを見てもらわなければあまり意味がない。なぜこの女が腹を切っているのか、それを表しているからだ。そうなると写真集しかない。当時はすでに自費出版でも安くできる時代であったが、せっかくヴァニラ画廊で個展をしたのだから、画廊からの発行を目指し、私はオーナーと掛け合った。作品物販が思うように売れない時代、そう簡単にオーケーが出るわけもなく、私は熱を込めて説得した。
 結果、限定での予約販売ということで了承を得た。すぐさまデザインや形式についてのミーティング。画廊からの発行となればセンスが問われる。おざなりにはできない。中でも力を込めたのが、特典として入るブックレット。解説的な文章を誰に頼むのか、図画、私は何を書くのか。
 

 図画はやはり「奇譚クラブ」から拝借した。奇譚クラブは切腹愛好者も多く、図画、イラストも力を込めて描かれてい、名作が多い。今だからこそ紹介したいと思ったからだ。
 私は、エッセイはこれまでにも多く書いているので、小説を書いてみては、と問われた。ノンフィクションが好きな私。小説など書いたこともないし、書く気も起こらなかった。が、写真をテーマに物語を構築すればなんとかなるかも、と安易に思ってしまい、挑戦することとなった。しかし、小説はやはり難しい。想いを書き連ねて見ても原稿用紙30枚ほどで止まってしまう。どこをどう膨らませて行けば良いのかすらも解らなくなってしまう。私は画廊に助言を求めた。幸いよく知るスタッフに文学部出身がい、彼女が担当となり、赤を入れてもらった。事細かに添削が書かれ、彼女もこの物語にのめり込んでくれるのがよく伝わってくる。私は小説を今まさに勉強していた。テーマは尼僧と少女。二人の関係性、切腹しなくちゃならない理由、私は自分の妄想を少しずつ目の前に広げ、この物語を完成させていった。タイトルは「蓮の誘惑」。私の初となる小説が出来上がった。

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しかしオーナーから提示された最低予約数まで、ギリギリのところで届かない。予定発売日が2ヶ月、3ヶ月伸びて、、、。私は落胆し始めた。もうダメかな。この話はご破算になるかな。いや、私の気持ちより、予約してくれた愛好者の方々に申し訳ないな、そんな思いでいっぱいだった。そんな気持ちを慮ってか、ギャラリーのスタッフたちから後押ししていただいた。「もう原稿なども上がってますし、ある程度の準備はすでに済んでいるので、ここでやめたら勿体無いですよ。それにそこそこ予約もありますし」このひと押しで決まった。半年遅れの発売決定となったのだ。

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 こんなにも想い入れがある写真集だが、私は今、桐箱のふたを開けることはほとんどない。なぜって?あの、ニヤけた男の顔に逢いたくないからなのだ。いつの間にか消えていることを願っているのだが…。


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