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パフォーマンスいわれ5 「切腹ショー1」

 縛られることが大好き、SMショーをやっていた私が、いつの間にか「切腹の早乙女」と言われるようになってしまった。そして私と「切腹」は切り離せないものになってしまった。なぜこんなにも「切腹」にはまってしまったのか自分でも不思議だが、心の奥を覗いてみれば成る程と、うなずけるものを感じる。

 きっかけは1985年。とあるパブで「変態イベント」的なものが行われており、私はSMショーのモデルとして参加していた。SM、レズビアン、オカマなど様々なフェチの人がおり、その中に切腹同好会「桐の会」会長と同士がおられた(そう、すでにそういったマニアの会があったのだ)。会長は主催者と知人であったそうで参加していたという。私は二人の近くにい、二人の話を聞くとはなしに聞いていた。映画で観る血飛沫の仕掛けや、京都太秦撮影所の話など映画撮影の裏話で、ピンク映画をやっていた私は耳がダンボになり、ついに話しかけた。そして映画話から「実は、、」と切腹愛好会という話になったのだ。1970年代に太秦撮影所を使って、愛好者の方が切腹撮影をした、という。お金をかけた撮影ができる愛好者が多くいた。そして愛好者の多くが、女性切腹が好みで、時代考証も重要なポイントである、という話だった。その時、同士の人が語りだした。
「以前は日劇ミュージックホールで女忠臣蔵の演目があり、女腹切りを公に観られたのです。でももうミュージックホールも無くなり(1984年閉館)、女の腹切りを公に観られなくなってしまいました。もう二度と観られないでしょう」
そんな言葉だったと記憶している。余りにもがっくりと肩を落とした話ぶりに、私は衝撃的なものを感じた。そんなに望んでいる人がいるのか、とその癖の重さを感じた。何かSM癖とは違う、秘めたものをひしひしと感じた。そして会長から「分譲写真をやっているのですがモデルをやりませんか」
そう言われ、私は引き受けることにした。

 初めての切腹撮影。剣道の稽古着が用意され、会長から短刀の持ち方、切腹作法を一から教わる。ポーズをつけてもらい、ワンショットずつ撮影していく。撮影には慣れていたが、ぎこちない私の仕草に久しぶりに不甲斐なさを感じた。血紅はケチャップを使用。しかしどんな表情をして切れば良いのかまだ曖昧だった。切腹したら痛いに決まっているから苦痛の顔なのか、はて、そこはやはり擬態であるからエロチックな方が良いのか、余り理解しないままに終了してしまった。だけど何かしら「またやっても良いな。面白いな」という感情は残った。

 死の感情。そもそも19歳頃から「死」という事に憧れを持っていた。美しく死ぬにはどうしたら良いか、そんな事ばかり考えている時もあった。自傷行為、精神安定剤。しかし徐々に仕事が忙しくなり、そんな行為をする時間も無くなったのは幸いだったのだろう。まさにそんな時に切腹同好会に出逢ったのだ。お腹を切って死んだ真似をして、また生き返る。本当に死ぬわけではないが、覚悟の気持ちで擬態する。私はそういった心構えにどんどん引き込まれていった。

 さらに朗読テープというのがあった。戦後初のあぶのーまる雑誌「奇譚クラブ」に寄せられていた切腹小説。時代物や現代物のその作品は、グロテスクではなくむしろロマンティックであった。愛する人のために死を選ぶ。それも想いの募った切腹という形で。そんな小説をカセットテープへ吹き込み、そのテープを愛好者たちは聴いていたのだ。その録音もやった。読んでいくうちに自分もその世界へ没入していくのを感じた。切腹という行為は、誰かに対しての強い想いがなければ出来ない。思想であったり、恋人であったり、仕える主であったり。その強い想いはマゾヒスティック的ではないだろうか。そう想うようになり、肉体で感じる「緊縛」とは違う「精神的に満たしてくれるもの」としてはまっていき、誰もやらないのなら私がやっていこう、と思うようになっていった。

 それから私は積極的に愛好者の方々と逢うようになった。当時でも四十代は若い方で、五十代、六十代の方が殆どだ。お話を聞き、やり方を教わる。そうしているうちに「桐の会」で会合をやろうという事になった。東京飯田橋、風俗資料館初代館長故高倉一氏の協力で資料館で集まった。二十名程の参加者。それぞれの話もさることながら、切腹演技を指導してもらった。白装束の脱ぎ方、刀の持ち方。切り方のパターン。それまで見よう見真似でやってきた私に厳しい指導を頂く。
「表情が違う。もっと苦悶の表情を」
「声が優しすぎる。もっと腹の底から呻き声を」
各人の好みはそれぞれあるが、情熱のこもった指導に私は心を打たれた。こんなに熱望している人がいる。私はしっかり引き継いでいかなければならない。性癖としての「女腹切り」を絶やしてはならない。

私はこうして女腹切りを伝えていこうと強く決意したのだった。

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(切腹愛好者が描く世界)           続く


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