見出し画像

ヨーロッパで日本酒を売るには(1)

なぜヨーロッパでは日本酒が売れないのかというテーマで、3記事にわたってヨーロッパにおける日本酒市場の概要をまとめた。これまで述べてきた通り、ヨーロッパで日本酒を売るのは難しい。

しかし、ヨーロッパでの日本食ブームは止まるところをしらず、日本酒に対する興味も強くなる一方である。これまでに築かれてきたイメージを逆手に取って、ヨーロッパで日本酒市場を拡大していくために、これからできることについて考察する。

◆「sake = 蒸留酒」というイメージを壊す

日本酒にとって一番の問題は、「sake」と聞くと、蒸留酒を思い浮かべる人がほとんどだという点だ。日本酒が透明であることも、このイメージを強くしている。ならば、透明でない日本酒ならどうだろう。実際、私が経営していた日本酒バー・レストランでは、にごり酒や古酒を試飲していただくと、「一本買って帰りたい」とおっしゃるお客様が後を絶たなかった。

にごり酒はもろみがはっきりと見えるものもあり、見た目で「いつものsakeとは違う」と思ってもらえるようで、日本酒のことをあまり知らないお客様にも興味を持ってもらいやすい。例えば、香川県の川鶴酒造が造った「讃岐くらうでぃ」。カルピスのように甘酸っぱい味で、アルコール度数は6%と、日本酒の中でも低アルコール。七色の鳥が描かれたラベルも美しく、見た目も味も今までの「sake」のイメージを一新できる日本酒だ。

長期熟成酒はその色はもちろんのこと、ウィスキーとどこか似ているとヨーロッパの方は感じるようで、香りに魅了される方が多い。例えば、京都府の木下酒造が造った「玉川 Time Machine ビンテージ」。江戸時代の製法で造られたという琥珀色の熟成酒は、キャラメルのような甘い香りがする。バニラやチョコレート味のアイスクリームにかけて「酒アフォガード」にアレンジすると、大人な味のアイスクリームに大変身する。長期熟成酒は、醸造量が限られており、値段も高くなるが、唎き酒セミナーではいつも人気だ。

◆高い値段を逆手に取って高級路線を狙う

なぜヨーロッパでは日本酒が売れないのか(2)で記した通り、ヨーロッパで販売される日本酒の値段は、有名なシャンパンや値段が高めのワインと同じような価格帯になってしまう。では、有名なシャンパンの同等価値の商品として売り出しやすい日本酒は何かと考えると、スパークリング日本酒が浮上する。

スパークリング日本酒の強みは、泡が出ているということで、「sake = 蒸留酒」というイメージを壊せることと、シャンパンと同じような飲みものだと言っても、あまり違和感がないというところだろう。シャンパンと同じように、瓶内二次発酵タイプもあるため、ワインのことはよく理解しているヨーロッパの方々にも、その価値が理解されやすい。

日本酒の味が水のようだと感じるのは、濃い味の料理と合わせると顕著になるため、シャンパンのように食前酒としてスパークリング日本酒を提供すれば、ヨーロッパの方々にも、その繊細な香りと風味をより楽しんでもらえるのではないかと思われる。瓶内二次発酵タイプは、火入れされていないので、賞味期限が短く、輸送や保管は冷蔵である必要がある。ディストリビューターや取扱店を厳選する必要があるが、プレゼントにもしやすく、値段は少し高くなっても売れる可能性を秘めている。

◆果実酒も忘れてはいけない

梅酒やゆず酒など果実酒にも大きな可能性がある。

まず見た目から「sake = 蒸留酒」という図式が崩れる。そして、ゆず酒がイタリアのリモンチェッロ(レモンのリキュール)と似ているように、果実酒の味わいはヨーロッパ人にも馴染みがある。リモンチェッロのアルコール度数は30%程度なので、そのリモンチェッロよりも日本酒ベースの果実酒はアルコール度数が低い点もポイントが高い。

果実酒は、並べておくだけでも、そのカラフルな見た目が、お客様の興味を引く。飲み比べも楽しいし、氷を入れたり、炭酸水と割って飲んだり、凍らせてシャーベットにしたり、デザートに使用したりと、いろんな味わい方がある点も喜ばれるだろう。

◆売れるストーリーを作り込む

これまで取り上げた日本酒とは違い、見た目では勝負できない大半の透明な日本酒は、ストーリーを作り込むことが必須だ。

ソムリエたちに理解されやすいのは、「その土地のもので造る」テロワールの考え方に基づくストーリーだろう。ワインはその土地で収穫されたブドウを発酵させるので、地元で獲れた酒米と地元の水を使って日本酒を醸造している場合、その土地の特徴を商品説明として全面に出していくと、魅力が伝わりやすいのではないだろうか。

例えば、農業とともに取り組む酒造り「伴農繁醸(はんのうはんじょう)」を実践されている山岡酒造。酒米作りからこだわり、低農薬無化学肥料栽培にて、幻の酒米と言われる「亀の尾」やファンの多い「雄町」米などを栽培されている。半農繁醸という酒米作りから醸造まで、全ての工程に杜氏や蔵人が関わっていることや、その土地の特徴、栽培法のこだわりなどを全面的に押し出すと、ヨーロッパの食通にもその価値を理解してもらえそうである。さらに幻の酒米を使った日本酒となれば、その希少価値をしっかりと打ち出すことが可能だ。

テロワール以外では、製法のこだわりや伝統も魅力になりえる。長崎県の吉田屋は、日本でも珍しい「はねぎ搾り」という製法で日本酒を醸造されている。はねぎ搾りとは、約8メートルという巨木を使い、てこの原理で搾るため、とても手間と時間がかかるそうだが、機械搾りでは出せない澄んだ味わいの日本酒ができるそうだ。この伝統製法を用いているために、醸造量は90石と少ないが、この事実が希少価値となり、商品の値段が高くなっても、買いたくなるストーリーとなる。

このように、ヨーロッパのソムリエやシェフ、消費者の目線から、蔵元の歴史、その土地の特徴、醸造プロセスなどを細かく見てみると、何かしらその商品の魅力を引き出す要素があるはずだ。その要素を、ヨーロッパ人にわかるように言語化することで、それまではなんだかよくわからなかった日本酒の価値が伝わり、買いたいと思ってもらえるストーリーを作ることが可能となるのだ。