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散文詩集

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#散文詩もしくは自由詩

見えない標

何をしても満たされることはなく この体にあいた穴は穴のまま 耳を掠め 飛んでゆく風の後に 残るのは何 沈む地平線 名を明かさなくていい 君が君であることを 僕は探し出すから 声を上げなくたっていい 君の居場所を僕は 必ず見つけ出す どんなことをしてでも 抱え込んだ鉛は重くどこまでも 腹の中沈んで溜まってゆくばかり 杭を越えて 溢れ出した流れは誰も 止められない 放たれる声 名を明かさなくていい そんなものあろうとなかろうと 僕は君を探し出すから 声を上げなくたってい

未知図

何処へゆけばいいのか分からなくて 何処へいきたいのかも分からなくて 膝を抱えてたよ 顔をうずめて 何も見たくなかった これ以上何も なのに知りたいと願った この胸の中で荒れ狂う すべてを 壊れかけた椅子は私を乗せて 軋んだ音を立てる 私が立つのが先? 椅子が壊れるのが先? どっち? 四方を囲む 朽ちた壁板の隙間から僅かに 漏れてくる光は 闇を照らすため? それとも 闇を教えるため? 答えは何処にもなくて やっぱり 何処へゆくのかも 何処へいきたいかも 何も分

躊躇足

いいだろ、もう、 あきらめちまえば きれいさっぱり どうってことない、たった一歩 踏み出すだけ 疲れた とか 堪えられない とか 空っぽだとか 無気力だとか それが何なの? どうだっていい どうだっていいのさ、 言いたい奴には言いたいように言わせておけば でも ヒトがどう思うかって? 何とも思いやしないよ そんなにみんなヒマじゃない 自分のことでたいてい手一杯さ んなことより 僕が僕をそうやって 雁字搦めにしてるってだけだろ 体裁繕って 過去にとっつかまって もう ど

嘘の糸

君が嘘をついた 君の口の端が小さく歪んでる 分かりきった嘘でも 見透かせる嘘でも つけばそれは どうやっても 嘘以外の何者でもなく 君が嘘をついた 少し前を歩く君が 振り向けば 帽子の影から覗く 口の端 おざなりな口紅で 色づいた唇 つけば 嘘 ばれても 嘘 なら 突き通せよ 最期まで 何処までも何処までも何処までも 突き通せよ その嘘 途中でひけらかすなんて卑怯な真似 御免蒙る そうだ、 僕がこれまでついてきた嘘 教えてあげようか 君の目の前で 指折り数えてみせようか

いつか咲く花へ

波がよせてまた返すように 返してはまた寄せるように 去りゆく人と 巡り合う人と そうして織り成されるこの世に 永久に続くものなど何処にもなく ひとつが終り ひとつが始まり そうして繰り返される 今日も明日も 私たちがここからいなくなったら その後この場所に 何が残るだろう 私たちがこの場所に背を向け それぞれの道を歩き始めた時 この場所は どんなふうに朽ちてゆくだろう 朽ち果てゆく中でそれでも ひとつくらい花は 咲くだろうか できるなら そんな日が来るなどと一片も思い煩

石ころの呟き

石蹴りはもう飽きたの 次は影踏み鬼 そうして散り散りになる 子供のはしゃぎ声もやがて遠のき、 小石はそのまんま 置いてゆかれて 斜めに射す冬の日差しが 小さい影を描く 冷え切った路上に まるでこの 石ころみたいだよ アスファルトの上 いつまでもどこまでも蹲って 気付いたら凍えてる 指先も 唇も 髪の先までも こんなに …何 言ってんの、ばかみたい そんなこと言うくらいなら さっさと自分で転がればいいじゃない 体を温めたいなら 自分で転がってみればいいじゃない あたた

69行の憂鬱

どうして抱いたの なんて、そんな問いは 無意味だ。だから君、もう僕にこれ以上 繰り返すのはやめてくれ。僕がここにい た君がそこにいた、僕と君その時それぞ れにここにいた、それより他に何がある というのか。夜は僕と君との境界線を曖 昧にする。夜という闇が境界線を曖昧に する。曖昧になった僕と君の境界線を、 僕が君の方へ、君が僕の方へ、それぞれ に一歩二歩踏み込んでみただけの話だ。 それを君はまるで僕が一方的に踏み込ん だかのような言い方をする。君がそうやっ て僕に自分の分までな

僕らの破片

あの朝 割れた鏡の破片を 君はもう捨てたかい? 僕の手が 君の手が 握っていた鏡は あの時の僕を あの時の君を あの頃の僕を あの頃の君を 映し込んではそのたび 時に光を 時に翳りを放った 僕らの鏡は 君の鏡の中に君はいて 僕の鏡の中に僕はいて 同時に 君の鏡の中に僕が 僕の鏡の中に君が いた そうして幾重にも僕らを焼き付けて 時に光を 時に翳りを放ちながら 鏡は僕らの手の中にあった 時にやさしげに 時に冷ややかに 時に饒舌に 時に沈黙でもって その時々の僕らを映し

「それでも言葉はやまない」

石壁の隙間から 水が滲み出してくる じわじわと じわじわと 音もなく 気配もなく でも確かに水は 滲み出してくる わたしの身体も 言葉にそうして侵蝕されて もうすっかりぼろ雑巾 あなたの垂らした言葉が 君の投げた言葉が わたしの鎧を貫いて そこから滲み出してくる 赤黒い血 そんな言葉要らなかった あんな言葉知りたくなかった けれどひとたび聴いてしまったら 言葉は消せない 消えてはゆかない じわりじわりと 滲み出すばかり、傷口から そんなあなたの君のわたしの、 言葉たちに

「地平線」

僕たちは揺籠の中 丸くなって眠ってた 目覚めても目に映るのは一面 天井と名付けられた壁で 毎日毎日見上げては 小刻みに 呼吸してた  君が何処にいるかも  どうしたら会えるのかも  未だ何も 知らずに 自分の足で歩くようにと 用意されていたのは 一足の靴 履き方も知らぬうちに 誰かに 履かされたその靴でもって 踏み出したのは 硬いアスファルト 立ち並ぶ家屋の隙間 隠れるように 空がそこに在ったっけ 手を伸ばしても決して 届かぬものと知るにはもう少し 時間が かかった

「陽炎の街」

向日葵がぎらぎらと 朝日を乱反射させる 夜明け 東からの光は のびてのびてのびて、 街を真っ二つに切り裂く 見えない亀裂は 人を呑み込み、 影を呑み込み、 気づけば空っぽの 街 残骸と呼ばれる 街 一瞬の空白 ねえ、 ここでの主人公は誰れ? あなた? 君? 私? それとも? 裂傷した街を闊歩する 一番に陽光を浴びた向日葵が 裂傷した街を闊歩する 二番目に陽光を浴びた朝顔が 裂傷した街を闊歩する 三番目に陽光を浴びた油蝉が でも もはや誰も主人公にはなれない

「君と」

幾つ歳を重ねたら うまく歩けるようになるのだろう 幾つ歳を重ねたら うまく歌えるようになるのだろう 駆け上った歩道橋から見えるのは 排気ガスをまき散らして走る車ばかりで 見たかった夕日はもうとうの昔に 地平線の向こう側 消えてた 目覚まし時計に揺り起こされて ふやけた瞼をこじ開けてみたけど こんな曇った眼で一体何が 見えるっていうんだろう それでも通勤ラッシュ もみくしゃにされながら仕事に出掛け 僕は今日を過ごしてく まだ夕焼けがこの眼に ちゃんと見えていたあの頃

眠りの時刻

今、クジラがジャンプした 北の海の沖で おかげでこっちまで地響き ぐぉ ぐぉ ごぐぉぉぉぉ 家人の鼾がひときわ高まる 今、ヒバリがピィィと啼いた 地球の反対側 緑生い茂る草原の真ん中で その真上に寝ている娘が エイヤッと私にキックを喰らわす 咄嗟に右手で受け身 一緒に寝るのもなかなか楽ではない 今、イルカが笑った 東の果ての青い海で 糸電話で繋がっている私の耳の中 青い青い波がくわんとひろがる

「明日も生きておりませう」

スニーカーの踵を踏んづけて 走っていった待ち合わせ先で 大口あけて笑ったら 女のくせに と窘められた 電話を受けて久しぶりに 紅などさして出かけた先で 煙草をぷかっと吸ってみたら 母親のくせに と咎められた 女のくせに 母親のくせに だから何だと言うのでせう ちょっと可愛い靴なぞ履いて 手で口もとを隠しながらほほほと笑って 煙草なんかも吸わず楚々として振る舞って そしたら 女ですか 母親ですか と、 どうもいけない これぢゃいけない こうやっていちいち心の中で 反論し