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散文詩集

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2024年4月の記事一覧

この星の上 ~ 縁

おのずと明ける夜はなく 夜を明かすのはこの 僕らだ おのずと繋がる縁などなく がらくたの中から拾い上げた一本の糸を 繋げたのはこの 僕と君だ 空の中で雲は砕け 海の中で波が砕ける 裂傷を描くかのように伸びる水平線は 君と僕を結ぶ 一本の 糸 今、繰り返すよ 僕が君に 君が僕に 投げつけてきた言葉たちを 掻き集めては投げ、 投げてはまた掻き集めて、 何度でも何度でも 繰り返すよ 僕と君との間に 幾重にも重なる時間の層は 幾重にも重なる言葉たちの屍 幾重にも重

識 閾

時計の音ばかりがひとり 響き渡る 地下道は一面 天井の 人口灯で照らし出され 足音を落としていったはずの 君の姿は見当たらず ただ晧晧と 無機質の壁 壁 壁 続く地下道   知らなくてもいいことがあったよ   幾つも幾つも   手を伸ばしてもいないのに   落ちてきた果実が   私の足元でやがて朽ち始め   還る土もないこの場所で   腐臭を放つ 窓も出口も消えた地下道ではいくら 時計が時を刻もうと 掴んだ砂のよう瞬く間に この掌から零れ落ちる この手から 零れ落ちる

地下鉄の花束

夜明けの地下鉄 花束を買う 自動販売機 幽かな音をさせて落ちてきた花束は 葉脈の先端までも冷え切って 冷気は握る私の掌から 背中へと抜けてゆく 覚めきらぬ晩の酔いを残し 走り出す車両に 朝日は射さず 何処までも何処までもトンネルの中 走り続ける あなた わたし 何処までも何処までも トンネルの 中 何処までも あなた わたし 花束 あなた わたし 花束 何処までも何処までも 熱を孕んで ああ 花束がとろけてしまう前に 地上に出よう 次の駅は 次の駅は 花束がと

69行の憂鬱

どうして抱いたの なんて、そんな問いは 無意味だ。だから君、もう僕にこれ以上 繰り返すのはやめてくれ。僕がここにい た君がそこにいた、僕と君その時それぞ れにここにいた、それより他に何がある というのか。夜は僕と君との境界線を曖 昧にする。夜という闇が境界線を曖昧に する。曖昧になった僕と君の境界線を、 僕が君の方へ、君が僕の方へ、それぞれ に一歩二歩踏み込んでみただけの話だ。 それを君はまるで僕が一方的に踏み込ん だかのような言い方をする。君がそうやっ て僕に自分の分までな

僕らの破片

あの朝 割れた鏡の破片を 君はもう捨てたかい? 僕の手が 君の手が 握っていた鏡は あの時の僕を あの時の君を あの頃の僕を あの頃の君を 映し込んではそのたび 時に光を 時に翳りを放った 僕らの鏡は 君の鏡の中に君はいて 僕の鏡の中に僕はいて 同時に 君の鏡の中に僕が 僕の鏡の中に君が いた そうして幾重にも僕らを焼き付けて 時に光を 時に翳りを放ちながら 鏡は僕らの手の中にあった 時にやさしげに 時に冷ややかに 時に饒舌に 時に沈黙でもって その時々の僕らを映し

距離感

わたしとあなたの 距離は適当に 聴こえたら返事して 聴こえたとだけ それ以上でもそれ以下でもなく どう好きか どう嫌いか なんて そんな説明はいらない あなたの好きと わたしの好きの輪郭は 決して完璧に 重なり合うことはないのだし わたしの嫌いとあなたの嫌いの輪郭も それもまた同じ 一枚の絵の前で ふたり きれいだね きれいよね そう言いながら あなたは絵の中の樹林を わたしは絵の中の大地を それぞれに目を細め 眺めてる きれいだね きれいよね そう云いながら私たち そ