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散文詩集

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2023年12月の記事一覧

「夢」

夢を見ました 幸せな夢だと思います 多分 幸せだったと思います もう覚えていないけれど 私の脚が折れて 右手も折れて やがては左手も折れて ただの塊みたいに路上に転がって 気づいたら 石ころと並んで座ってた 幾組もの家族が通り過ぎてゆく 石ころと私との前を 幾人もの足音と 後ろ姿と 影が ふと見れば、折れた私の手も脚も そのゆき過ぎてゆく群れの中にいるじゃないか 身軽になった手脚は嬉々として スキップしながら、小踊りしながら やがて人込みに紛れて見えなくなった 石ころ

「迷子」

昔のことです 遠い遠い 昔のことです 誰かが呼んだ 名前を呼んだ 私に向かって 誰かの名前を 人違いかと首をかしげ そのまま歩いてゆこうとするのを 追いかけてきて 呼びかける 私ではない 誰かの名前を あなたはだあれ? 私はあなたの誰かじゃないわ あなたはだあれ? 私の名前は 私の名前は 云おうとして 声が詰まった 私の名前は 何処へいった? 私の名前が 見当たらない 誰かの名前で呼びかける 誰かが私を呼び止めて 追いかけてまで 引き止めて それでも私の名前じゃない

「サ・ヨ・ナ・ラ」

片づけましょう ほったらかしのこの部屋を いつからほったらかしていたのか もう覚えてもいないけど いつの間にやら埃があちこち 薄く積もって 積もって薄く 猫が足元にじゃれついて 思うようには進まない 片づけましょう、この部屋を 何十冊にもたまった雑記帖も 何十、何百通にもたまった手紙の山も もう必要ないのだから もう何の必要もないのだから これはいつだったか 海で拾ったただの石 裏に日付が書いてある 思い出せないその日にち それでも石には書いてある これはいつぞか届い

「恋の感情」

繰り返されてゆく仕草で 記憶に 埋め込まれてゆく 微妙な角度の違い    速度の違いで 猫の眼のように変わる 恋の色合いを 謀っている 互いに 疑い合うことが  信頼を上回り、 罵り合うことが  語らうことを押し退けてゆく頃、 終章さえ見失った 恋の姿に 気づく。 ―――詩集「十三夜」より

「葬送曲」

濡れた舌に包んだ夜を 黒猫が 齧る カリコリ と、微かな音を立てて カリコリ カリコリ と、漆黒の闇に響き渡る 足元の、朗々と流れ続ける川面を覗き込めば 途方に暮れるだけ 記憶の欠片がその片割れを求めて カリコリ と、響き続ける音色に乗って 名も無き稚魚が飛び跳ねる ひとが記憶の向こうに隠し込んだ過去たちを 数え上げるように 黒猫が夜を齧る カリコリ、という音と 名も無き稚魚の飛び跳ねる パシャリ、という水音が 響き続ける 夜が明ける、その日まで ―――詩集「十三

「女」

しなだれる 女の 髪のにほひほど まやかし で あることを 教えてあげよう、おまえに 今 ここで ほら、 おまえの腔が あたしの腔が 熱く熱く 膨れているのに あたしはこうしておまえのことを 見下す目を 持っている それが、「女」 ―――詩集「十三夜」より

「嫉妬の貌」

己の貌が、 鏡に映る己の貌が、見るも無残に爛れ、 その貌に 影のように寄り添い、知りもしない女の顔が あらはれ、 透き通るように白い 滑らかな肌に まだ 何の穢れも知らぬ気の、黒き瞳を湛える女の貌が あらはれ、 私は 為す術もなく、鏡に映る その 二つの貌から 眼を逸らすこともできず、 ああ、 鏡には今夜も 二つの貌があらはれ、 あらはれ、 ―――詩集「十三夜」より