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枯れたくない男のための「赤毛のアン」

ビートルズは好きだけどビートルズファンが苦手、阪神タイガースは好きだけど阪神ファンは苦手、ということをたまに聞く。


赤毛のアンについても同じようなことがあって、赤毛のアンが好き、という女性たちと語るとき、私はなかなか腑に落ちないことが多い。アンフリークの方の旅行記やお菓子の本を読んでいても、今一つ物足りなかったりする。アヴォンリーの美しい自然とお菓子と友達に囲まれたふわふわとしたメルヘンの少女小説「赤毛のアン」を読む、ということは、いつまでも乙女心を忘れないことなの、というイメージ。この本を手にする前に、もうジャンルとしてそういう文脈の中にぶちこまれている感じだ。


前に私はハイジは誤解されている、と書いた。作者シュピリはガチガチのゲーテオタクで原作のタイトルもまんまゲーテだし、親の代から筋金入りの牧師&宗教詩人ファミリーのコテコテクリスチャン福音物語。お気楽で牧歌的なだけのこども向けのお話ではない。

同じように、アンも誤解さてれいる。アンはメルヘン小説として読むには、ほころびが多すぎる。児童虐待のトラウマに病んだ姿や、田舎の闇、女として生まれて生きていくしんどさ、介護問題、男性がいかに女性を愛そうとつきまとうシステムとしての暴力、美醜に対する自意識、出生国によるナチュラルな差別、愛国とヒステリー、ほころびはアンの娘リラの代まで持ち越される。アンの子どもたちは第一次世界大戦の悲劇の中に放り込まれていく。最近、遺族たちによって公表されたのだけど、著者のモンゴメリは晩年、鬱病を患らって睡眠薬を大量に飲み、自ら命を絶っている。

アンはこれまでちゃんと正面から読まれていなかったのではないか。カナダの田舎の若い女性が書いた、農家を舞台にしたの物語ということで、読む前から甘ったるいノスタルジックな物語として誤解されたまま消費されて、いろいろ取りこぼしていたことが多いのではないか、と。
アンはこれから読み直される必要がある、アンの中には私たちが今現在なお、探している答えが詰まっているはず、と思っていた矢先のAnne with an “E”アンという名の少女というネットフリックスのドラマだった。

このドラマ、最初に出てくるのはアンでも、原作通りのリンド夫人でもなく、マシューです。このマシューを見て、息子は「ハン・ソロ?」と言い放って、私はコーヒーゼリー吹いたのだけど。息子にはトランプ大統領も最近のポール・マッカートニーも、ハン・ソロに見えるらしい。エピソード7からの老いたハン・ソロのほうですね。

このマシューがなんというか、完全には枯れていない。高畑&宮崎アニメや、80年代にミーガン・フォローズ主演で映画化されたバージョンのマシューのようにいかにもおじいちゃん、ではない。確かに原作では60歳になったばかりだし、老け込んでしまうにはまだ早い。


このドラマのマシューはまだ、人生をあきらめきってないような、控えめながら、不器用ながら、奥底に行き場のない何かを灯している男性に見える。確かに背筋をしゃんとすればハン・ソロに見えなくもない。マシューのキャラ設定は女性を見れば怯えて挙動不審になってしまうこじらせ喪男くんだけど。20歳の頃から60歳に見えるくらい老けて見えてた不憫な彼だけど。


けれど、彼が養子に男の子が欲しいと願ったからこそ、間違いにせよ孤児院からアン呼び出され、グリーンゲイブルスにやって来たのだ。
そう考えたら、この物語は、還暦になったばかりのマシューが人生をあきらめなかったからこそ、これまでの生活から、なにか新しい変化を望んだからこそ始まった物語だといえる。
そして彼の優しさと全てを受け入れる愛が、アンが生まれてからずっと、飢え、焦がれ続けていたものを満たし、成長させていてく。

マシューの出番が終わった直後、オープニングスタート。テーマソングはロックです。Tragically Hipというカナダのオルタナ系らしい。このドラマ全般、特にアンのビジュアルと服装は、高畑&宮崎のアンをトレースしたようで、絶対これアニメ見てるなと思ったけれど。このオープニングもその世界名作劇場アニメのエンディングを思わせるセピア色の色調で渋い!その美しい映像が80年代から活躍していたロックバンドによる「Ahead By A Century 時代の先へ」と言うナンバーに乗せてアーティスティックに彩られていく。ボーカルのコード・ダウニーは52歳で脳腫瘍で亡くなる前年の2016年、病気をカミングアウトしてツアーを行ってたそうです。カナダのトルドー首相もその死を悼んだそう。亡くなり方もロックですね、、、

なんというか、今までの少女メルヘン路線を一新する、枯れてないマシューと熟年のロケンローラーのテーマソング。
この作品は、男性にこそ見てほしい、おそらく作り手はそう言っている気がします。私もそう思います。
アンを女性たちだけのものにしておくのはもったいないから。


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