約束の記憶 12話
小説の12話です。
★登場人物★
森田かずは 都内の大手風俗店のスタッフ
梶川 かずはと同じ店の男性スタッフ
★
梶川はすっかりこの生活を楽しんでいた。
あれからもう1年。
初対面の女に妻だと言われ、買った覚えのない高級車に高級マンションを手にした。
風俗店の仕事も辞めた。
夢のような日々に、足元がふわふわしながらも、気に入っていた。
なんでこうなったも
あんたは誰かも
この金はどっから湧いてきたのかも
もう知らなくていい
風俗店員をやっていたのは、同年代で普通のサラリーマンのやつらより少しでも稼ぎたかっただけで、やりがいもなにもなかった。
もっと評価されるところで勝負してみたかったけど、どうせ無理だとあきらめていた。
風俗店で働き、休みはパチンコと競馬をやって、儲かったら風俗で遊んで。
その繰り返しで一生が終わると思ってた。
ほんとは
もっといい暮らしをしたい
いい車に乗って
タワマンにいい女と住んで
見下した奴らが、近づけなくなるぐらいに。
そう、なれるはずなのに、チャンスに恵まれない。
だから、ずっとクソみたいな生き方をしてた。
父親みたいに。
世渡り下手で、真面目に働いて、安月給で、人に騙され、借金だけ残して。
10年前に病気で死んだ。
あぁはなりたくないから、稼ぎのいい仕事して。
親父よりは、ましな生活だけど。
それ以上にはなれないクソだ。
そう思っていた矢先にこれだ。
わけがわからなくて、もとの世界に戻りたかったけど、手に入れたいものがすべてここにあった。
こんな高級車に乗っていたら、どう見られるのか
こんな高級マンションに住んだら、どんな気分になるのか
浴びせられる視線も
そこからの眺めも
最高だった。
慣れない生活に、ふわふわして、おどおどしていたけど、慣れてくると、これが当然と思えるほど、自信がでてきた。
できないと思っていたことにも、チャレンジして、新しいビジネスも軌道にのってきた。
やればできるじゃないか。
もうあの世界に戻らなくていい。
いや、あの世界こそ夢だったのかもしれない。
そんなことを、車を走らせながら考えていると、見覚えのあるコートを見かけた。
どこからみてもわかるほど、目立つイエローグリーンのコート。あれは「かずは」だ。一度見たら忘れない。
思わず、車の中から声をかけた。
「かずはちゃーん!どこまでいくの?」
「え?梶川さんですか?すっごい車乗ってどうしたんですか!!」
「いいから、乗ってよ」
かずはは、ためらいながらも、車に乗ってきた。
「梶川さん、様子がおかしくなった翌日に辞めて、その後音信不通だったから、みんな心配していたんですよ。どうしちゃったんですか、ヤバいことでも始めたんですか?」
「いや、普通に仕事してるよ。みんな元気にしてる?」
「みんな変わりないですけど。梶川さん、上から下までハイブランドだし、これは普通の仕事をしている人の車じゃないですよ。宝くじでも当たったんですか?」
落ち着かない様子で、梶川のことを舐め回すようにじろじろみていた。
「まじめに働いているだけだよ」
「いやいや、何をやったら、こんなに変われるんですか?」
あんまりかずはが驚いていて、楽しくてしょうがなくて、笑いが止まらなかった。
「なにがそんなにおかしいんですか?まっ梶川さんは過去世ではお殿様ですから、今世でも上に立つ人だから、不思議じゃないですけどね」
「え?そうなの?」
かずはは、過去世が読める能力を持っていた。
「過去世で権力者だった人は、その時の失敗や責任の重さに、今世では平民でいたがるけど、やっぱり上に立ちたいんですよね。そういう視点を持っているから、平民ではいられない」
「そうなんだ。じゃあ、今の姿が本当の自分なのかな」
梶川のことをじーと眺めながら、ちょっと考えてつぶやいた。
「でも居心地よくないんじゃないですか?」
「え?なんでわかるの?」
「だって平民、まっ今の時代で言うと一般市民というか、普通の人の生活を送っているとしたら、その理由があるはずですよ。上に立ちたくない、お金持ちになりたくない、影響力のある人にはなりたくない理由が」
「お金持ちになりたくない理由なんてある?だれでも影響力のある人になりたいと思うけど」
「それはなったことがない人がいうことで、なったことがある人は、まずは逆をやりたがりますよ」
「逆って?」
「お金持ちだった人は貧乏を体験したい。権力者だったら、平民で過ごしたい」
「なんで?」
「お金を持っていたら、奪われる恐怖がありますよね?権力者だったら、責任から逃れたいし、気楽に生きたいと思います」
「なるほど」
「でも‥そう思って前とは逆の人生をやってみるけど、つまんなくなんですよ。だって、この自分は自分らしくないって思ってしまうから。貧乏人をやってみたけど、なんでこの私が貧乏なんだろうって。
それでお金持ちになったら、思い出すんです。お金を持つことの怖さを」
「なにそれ?人間は学習能力がないの?(笑)」
「これは一つの例を言っただけです。普通は、貧乏から頑張っても、普通に生活できるぐらいで終わります。
波瀾万丈型を選んだ人は、貧乏からお金持ちから貧乏になるパターン。貧乏からお金持ちになって、恐怖を超えられたら、ホントのお金持ちになれますけどね」
「ふーん」
かずはを最寄りの駅まで送って、家に帰った。
なるほど、そうか‥と、話半分ぐらいで、聞いてたけど、妙に納得した。
今の生活が楽しくて終わりたくないのに、居心地の悪さがずっと付き纏っていた。
付き合う仲間もこの一年で随分変わった。
みんないい奴だけど、腹の奥はわからない。
おれのことが好きで付き合っているんじゃなくて、金目的かもしれない。
もしかすると、親父みたいに騙されるかもしれない。
夢だと思っていた生活を手に入れて
夢から醒めないでほしいと願っているのに
毎朝目が覚めるたびに、ため息をついてしまう。
おれにとって、クソみたいな人生が、最高だったのか。
かずはに会って話しができたのは、偶然なのか必然なのか。
その時の梶川にはわからなかった。
つづく
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