コーチングを申し込んだら向き合いたい自分と逃げたい自分がでてきてハッとした話

Twitterで #グラビアまりんちゃん が受けてみたというコーチングが気になった。(babytech×起業×グラビアでがんばるまりんちゃんを熱烈応援中)

他でもない友人のあらやんがコーチングを始めたらしいとのことで早速私も申し込んでみた。結論から言うと、めちゃくちゃよくて定期コーチングをそのまま依頼することに。

コーチング=意識高い?高額?ストイック?

コーチングは以前から受けてみたいと思っていて、少し本も読んでみたりしたけど、この人にコーチングをお願いしたいという出会いがなくそのままになっていた。今でこそオンラインセッションが主流なのではと思うほどだけど、2019年くらいは予約制のカウンセリングに近い印象があって、子育て中で予定も流動的になりやすい私はリアル予約のハードルがとても高かった。ましてや、定期予約なんて夢のまた夢という感じだった。

cotreeなど、経営者向けのコーチングを周りの起業家たちがシェアしていたけど、経営課題だけを相談する意識高い系なのかなあ、とか、逆にプライベートな話もOKと言われてもそこまで話せるのかなあ、あと結構高額なのもあるんだなあ、だからと言って安いと良いわけではないし、、と、決め手に欠けていた。
子育て×コーチングが良い!みたいな記事が出ていたりもしたけど、お勧めしている方や利用者像が4時起きで自分時間確保のツワモノママだったりして私はそこまでストイックにはできない、、と線を引いてしまってもいた。

そこに飛び込んできた、知り合いがコーチングをしてくれるチャンス。知り合いとは言っても、職場など日常を共にしているわけではなくて程よい距離感があるから、コーチングという枠組みの中でいろいろ話して聞いてもらうのはありかも。と思えた。

コーチングから少し話は逸れるけど、私は起業家の先輩やフェミニストの友人たちとよく壁打ちミーティングをやっていて、最近は年下の女性起業家たちからの相談も多い。あえて壁打ちと言っているのは、最初は彼女たちの相談に乗るのだけど、話をすればするほど自分ごとになっていくし、だんだん主語が彼女、彼女の中の私から、私、そして私たち、と拡大していくのも面白い。共通の未来に向かって語り出せばそれは私にとっての壁打ちでもあるし、ある種の即興、トレーニングのようでとても楽しい。

人と打ち解けて話すことは得意だけど、当然ながらそうした会話の中で自分の中に深く潜ってばかりはいられないので、普段は触れない心の底にある感情や課題を整理してみたいという思いがあった。

いざ迎えた初めてのコーチング

初めてのコーチングは、初回キャンペーンということでお試し価格で受けさせてもらった。そしてこの時私は、なんと立ったままその時間を迎え、開口一番、手を動かしてる方が話しやすい気分だから、家事とかちょっと立ち動いたりするけど気にしないでね、と言ったのだ。(※フラグです)

あらやんはそんな私をそのままに受け入れ、初回のコーチングはスタートした。はじめに、コーチングについての説明をしてもらったのは覚えているのだが、気がついたら、この1年コロナ禍でいかに自分の人生の計画が狂ってしまったのかを熱弁していた。そう、私は2020年にコロナ移住をしている。それまでの多拠点生活の中で、東京8割地方2割だったのが、逆転はおろか全く県外に出ない月の方が多いような状況だった。

この土地に移り住んだのは、きっかけは夫で、よく言えば運命的な挑戦で、悪く言えば私の知り合いは一人もいない。実際、自粛生活と移住のストレスがピークになった2020年の6月頃には、夫に向かって「お前以外にこの町に友達おらんのやぞ」と当たり散らして泣いた。Facebookで共通の友人が500人はいようかという夫婦だからこそ、夫の友人は夫ありきというフィルターもあった。(そのあと、夫の計らいにより共通の友人を増やすキャンペーンが行われ、私も自力でコミュ力を復活させた結果、3人の友達ができた。いまはもっと知り合いが増えて気持ちは安らかです)

そんな思いをひとしきりぶちまけた後、私はハッと我に返り、あらやんは引いてないかな?と咄嗟に思った。でも、今はコーチングの時間。そう、私の思考や感情がダダ漏れでもいいし、それを否定する人はここにはいないのだ。
あらやんは、私の話の大きな流れを整理しつつ、いくつか気になったという言葉の表現について注釈を求めるように私の意識をそこに向けてくれた。

「さおたんは◯◯って言ったけど、それはとっても△△なことだったんだね」

その時の気持ちをなんと表現すればよいのか、感覚は今でも再現できるのだけど言葉にすることが難しい。ああ、そうだ。そうかもしれない。私は◯◯って言ったけど、実は△△だったんだ、と腑に落ちた。

気がつけば、私はMacBook Airを置いたダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた。ほとんどセッションの終わりという時間になって、ようやく自分から目を逸らさずに向き合う決心ができたのだとわかった。いま自分が置かれている状況を、現在地を知ってもらったことで、もっと深い話ができる準備が整ったと感じた私は、波乱の幕開けとなった初回コーチングのあとに、月2回の継続セッションをあらやんに申し込んだ。

オンラインコミュニケーションに向き合う力

ここで少し、自己分析をしてみる。移住先での新しい仕事もあるが、コロナ移住を経てそれまでの仕事を100%リモートワークで行うようになり、日々の仕事のほとんどがオンラインによる打ち合わせに変わった。自分で進められる作業はこれまでと同じようにスキマ時間や、まとまった作業時間としてとれるのだが、ちょっとした移動による気分転換などがないままに、時間になると自動的に始まるオンラインミーティングに段々集中できなくなっていたように思う。
実際、定例会として情報共有が多いようなzoomミーティングでは顔出しなしで音声のみでながら作業が認められていたり、移動中にROM参加耳参加として聞き流す会も多かった。多分に疲れていたのだとも思う。ただ、私の中では画面上で向き合って話すべきミーティングの割合はどんどん減っていき、代わりに惰性やFOMO(見逃し恐怖)で本意ではないのに参加しなければと思い込んでいるミーティングが増えていった。ある時から、ウェビナーの類に参加することをスパッとやめて、双方向・参加型のイベントのみにしたことで、惰性で参加するものも随分と減り、今この瞬間を共有していることにまた喜びを見いだせるようになっていったのだけど、この、あらやんとのお試しコーチングを受けた時は、自分で申し込んでおきながら、自分で自分に向き合う覚悟ができていなかったのだと思う。

ちゃんと考えておきたい、言葉にして整理したいと思う自分と、見て見ぬ振りをしていたい、向き合うことから逃げる自分。そんな両面がいきなり初回から出てきて、私は大層戸惑った。最終的に感情が溢れてきて涙を流したりもしたけれど、それも含めて、短時間でここまで自分に深くダイブできたことに爽快感を感じていた。

これは、もっと面白いことになるぞ。そう思って、私は隔週で月2回の定期コーチングを始めることになった。

\私を解放してくれたソウルメイトあらやんのコーチングはこちらから/



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