【連載小説】すまいる屋③
「うーーん・・」
私の目の前で唸っているのは、ピリカさんとはまた別の女性。
すらりとした手足の、とってもお洒落な女性だ。ポージングしているような立ち姿も決まっている。
ここは、シノ姉ちゃんから紹介された・・じゃない、紹介してもらった「すまいる屋」。
「カニさん、いつまでも唸ってないで・・どんなです?」
ピリカさんが待ちきれず突っ込む。
カニさん?
「カニさん?って、カニの、カニさん?」
私は訳がわからなくなり、質問する。可児、って名字なのかしら。
「そう、その海のカニの、カニさん」
ややこしい。
そのカニさんは私を見るなり、さっきからうーーん、と悩んでいるのだ。
「わかりましたわ!」
そのカニさんは叫んだ。関西の人かしら。
「バランスが悪いんですわ、全体的に。これ。このスカート、サイズちゃんとおうてはります?」
「あ・・ちょっと、小さい、かもしれません・・」
ギクリ。
仕事を休んでからこっち、すこし太ったのだ。
「あの、面接用のスーツ新しくしようと思って買いにいったら、あ、あの、セールで!ジャケットはジャストサイズがあったんですけどスカートが、その、小さいのしかなくて・・でも、半額だったんです!」
「それですわ」
カニさんが人差し指をピン、と立てる。
「あのですね、大事な原理原則を教えましょう」
なにを言われるのだろう、ドキドキする。
「セールの極意は、サイズがなければ諦めること!これ基本です。詳しくはこちら!」
ばん!とカニさんが出してきたのは、
雑誌「ファッション熱視線」。
「洋服は、ちゃんとサイズの合ったものを着てくださいね。それに・・なんか、微妙に色が似合ってない!」
ホラここ、とカニさんが雑誌をめくる。
「ちゃんと似合う色を着れば、アクセサリーなしでも華やかに見えるんですよ。あとでちゃんと診断しましょう。あ、あとスカート丈もちょっと微妙かな・・」
「は、はい」
勢いに押されていた私だったが、カニさんはとても親切だ。どうにかして私を良くしようと考えてくれている。
すごく洋服が好きなんだろうな。でもこの雑誌、ほんと情報量がすごい。
「あの、この雑誌って」
「ああ、それカニさんが書いたんですよ」
事も無げにピリカさんが言う。
す、すごい。
雑誌ってそんなに簡単には書けないはず。
何者なのかしら、このカニさん。
ピリカさんが私に向き直って言った。
「改めてご挨拶しますね。私は心理学とコミュニケーションを担当しています。そして、こちらはカニさん。フアッション全般に強いので、面接の印象を良くするにはとても心強い先生です」
よろしく、とカニさんが微笑む。
慌てて、私はよろしくお願いします、と頭を下げた。
「あの・・質問いいですか」
私はおずおずと聞く。
「あの、ピリカさんもカニさんも、えと、日本の方ですよね?上の名字は?」
ピリカさんとカニさんは互いに顔を見合わせる。
「ああ、ごめんなさいね。私たちも、お互い本名は知らないんです」
カニさんが言い、
「コードネームみたいなものだと思ってくだされば」
ピリカさんも口を揃える。
コードネーム?それでお店は回るのだろうか。この人たち、変わってるなあ。
「・・わかりました。すまいる屋は、お二人でずっとやってるんですか?」
「いいえ、もう一人いますよ」
ピリカさんが指差すところを見ると、そこにはまたすらりとした男性が立っていた。
「こーたさん。階段トレーニングのプロですよ」
「階段トレーニング?」
「印象のいい声のためには肺活量も大事になってきますし、体幹を整えると姿勢もよくなります。それには、体力をつけないと。こーたさんといっしょにトレーニングしたら、体力つきますよ」
「よろしくお願いします」
こーたさんは深々と私にも挨拶をしてくれる。すごく礼儀正しい人だ。
「メインはこの3人で運営しています。私たちで間に合わないときは、ゲスト講師を招きますから、安心してくださいね」
「はあ・・」
なんだか、すごいところへ来てしまった。姉もまた、よくこの人たちと繋がったもんだ。
「あの、シノ姉ちゃんとは、昔からの知り合いなんですか」
答えてくれるだろうか。
「ああ、シノさん」
カニさんが楽しそうに笑う。
「シノさん、こないだ講師に来てくれはりましたよね。あの、ぬか漬けセミナーのとき」
「そうでしたね!あの、ぬか部長のるるるさんもいっしょにきてくれましたよね。あのときは凄かった」
ピリカさんもなんだか嬉しそうだ。たしかに姉はよく漬け物を私にも届けてくれる。
だが、こうやって人様に教えるまでだったとは、びっくりだ。
「シノさんは多趣味だし、よくここの人手が足りないときは手伝ってくれるんですよ。ああ、たしかここにシノさんの書いたセミナー記録が」
こーたさんが、きれいにファイリングされた記事を見せてくれる。
「その前は園芸の講師にも来てくれましたねえ。最近は俳句もなさるようで。助かってますよ」
たしかに、姉は多趣味だ。しかもあるところまで突き詰めてやるところがある。
「今日は面接の帰りに来ていただいたから、疲れたでしょう。続きはまた明日にしましょうね。・・あ、階段トレーニングはどうします?こーたさん」
ピリカさんがこーたさんに話を振る。正直、運動は自信がない。
あんまり、やりたくないんだけど・・。
「そりゃ、もちろん、明日からですよ。取りかかりと継続が一番大事です」
こーたさんは優しい笑顔で厳しいことを言う。
「脚が鍛えられると、ハイヒールがかっこよく履けるようになりますよ」
カニさんが乗っかった。
「そうそう、身のこなしも軽くなるしねぇ」調子に乗るピリカさんに、
「なんなら、ピリカさんもご一緒しますか。僕は何人でも面倒見ますよ」
こーたさんがそう言うと、
「私はまた今度で」
つつっ、とピリカさんが離れていく。
「まったく。一番トレーニングが必要なのはピリカさんなんだけどな。ま、いいか」
こーたさんは壁沿いに離れていくピリカさんを見て、ため息をつく。
「とにかく明日、○○団地のなかの公園で待っててください。森田さんちの近くですよね?時間は、そうだなあ・・あんまり初回から早すぎると後が続きませんからね、5時にしましょう」
こーたさんがさらりと言う。
5時!朝の5時!
私は、仕事を辞めてから夜更かしになった。ゲームしててこないだも2時に寝たところだ。
「えーっと、もう少し遅くても・・」
「5時です」
「私、朝が苦手で・・」
「5時でも遅いくらいです」
「あ・・はい・・」
「大丈夫ですよ!雨がふったら延期にしましょう。ちゃんとした生活はまず早起きからですから。では、また明日!」
こーたさんが爽やかに私を送り出してくれたが、かなり心配だ。
「意外とこーたさんがいちばん手強いのかもしれないわ」
すまいる屋を出るとすぐ、私は呟いたのだった。
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連載の難しさって、「どこで切るか」ですかね。
ショート作品とちがって、インパクトのあるラスト、とかよりもいかに次に可能性をもたせつつ終わるかも大事と感じました。
カニさんのマガジン、「ファッション熱視線」はネタの宝庫で助かります!こんな風にちゃんと教えてくれる先生がいたらいいよね。
エセ関西弁、先に謝っときます(笑)
個人的にはぬか漬けセミナーを満員御礼にしてしまう、るるる部長とshinoさんがすばらしいと思います。
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ピリカグランプリの賞金に充てさせていただきます。 お気持ち、ありがとうございます!