量は質へと転化する
仕事の現場でよく聞く言葉に、
「量は質へと転化する」がある。
商品知識や、お客様への質問力、説得力など新人のあいだはなかなか自分に自信が持てなかった。
プレゼンがなかなか決まらず、
先輩に同行してもらうと、佇まいからして違う。
流暢に話すとか、知識をひけらかすわけではないのに、座っただけでオーラがある。
お客さまも安心して質問してくるし、なんというかその先輩は「場」を作るのが抜群にうまかった。
それに対し、私の話はすべて誰かの受け売りで、自分が大病した経験もなく
ひとことでいうと、ペラかった。
私の所属する保険会社は、入社してもお客さまのリストをいただけるわけではなく、ゼロからのスタート。
吹けば飛ぶような知識で、ひきつった笑顔で心をすり減らしながら
毎日毎日、卒業アルバムや家の年賀状までひっぱりだして電話をかけた。
付き合いの濃い先ばかりじゃ追い付かない。
10年以上会っていない人にも、こわごわかけた。
私は人に嫌われるのが人一倍怖い。
できれば100人中100人に好かれたい、と願うような性分だった。
一度は電話に出てくれるものの、私が会社名を名乗ると、適当に濁される。
その場でアポがとれるのが2割、「○月になったらまたかける」「いま予定がわからない」が8割。
その8割のなかで、2回目から電話をとらない方が3割くらい。たぶんブロックされた先もあっただろう。
そんなこんなで、私の100名ちかい電話リストは2ヶ月で赤マジックの斜線ばかりになった。
「いま予定が分からないから、こちらから連絡するね」の言葉を100%信じて待って、
音沙汰ないのでかけたら、相手がすっかり忘れていた、ということが山ほどあって、かなり落ち込んだ。
私の存在はそんなに軽いのか、と悩んだ。
今までの知人では見込み先が足りないので、毎日Facebookで情報を取り入れ、人の集まりそうなイベントや飲み会があれば参加して名刺を配りまくった。飲みたくないお酒をずいぶん飲んだ。
ストレスで体重も10キロ減った。
(いまは見事取り戻しました(笑))
「ルーキーの一年目は、今までの人間関係の棚卸しだから」
そう上司に言われて、ぜんぜん成果につながらなかった自分の半生を呪いはじめる。同期もバタバタと辞めていき、私は取り残された。
あるとき、契約が三週間ほどなかった時期があり、つくづく嫌になった。
忍耐力がなくカッコ悪いのが嫌いな私は、早々と辞表を用意する。
そのときに、声をかけてくれた先輩が、顔面蒼白の私の手帳をみて
「今は結果にならなくても、一本一本震えながら、吐きながら電話をして、これだけの人と会った、という事実は裏切らないよ」
と声をかけてくれた。
そして、冒頭の「量は質に転化する」という言葉を教わったのだ。
「そのうちさ、プレゼン決まんねぇ、俺ついてないなあ、ってか、俺のめっちゃいい話聞かないなんて、バカじゃない!?って笑えるようになるんだよ。
悔しさも情けなさも、俯瞰して見れるようになるんだよな。
それが長く続いてる営業マンの強さだよ」
その言葉に、私は久しぶりに笑った。
先輩に何もかも見透かされて情けない反面、もうカッコつけたっていっしょだ、と腹をくくった。
「そうそう、ピリカさんは笑ってなきゃ。新人にできる唯一のことは、笑顔を届けることだよね」
そして、追い詰められていた自分がどんな顔をしていたのかを反省する。
こんなに、目が充血して
肌が荒れている私から声をかけられても、そりゃあお客さまも警戒するだろう。
「俺なんか今週、手帳真っ白だよ、アハハ。じゃー行ってきます」
と笑って先輩は出掛けていった。
そして私は、
「いってらっしゃい」と先輩を見送り、
辞表をシュレッダーにかけた。
今となっては、
なぜ新人の私が契約を預かれなかったか、痛いほどわかる。
私が本気でアプローチをしなかったからだ。
「私の話を聞いてほしい」という真剣さを出せず、ただへらへらと会い、雑談し、お茶や酒を飲み、最後に名刺を渡すだけ。
「呼び出されたけど、結局なに?」
とおもわれていただろう。
これでは時間を作ってくれた方にも失礼だし、なんの効果もうまない。
ただ会うだけで、私のほうにこの仕事をやっていく覚悟がなかったからだ。
それが、ダダ漏れだったんだろう。
いま入社して丸10年を迎えた。
前みたいに、「断られたらどうしよう」という思いはいまはない。
相手のタイミングもあるし、人間関係もあるだろう。今はだめでも、3ヶ月あとはOKかもしれない。
「断られる」と「嫌われる」がイコールではなくなったから、ずいぶん楽になった。
でもこれも、10年やってきてわかることだ。
だいじょうぶ。量は質にいつかは変わる。
だから今は、がむしゃらに人に会いなさい。
世の中結果だけじゃないよ。
自分が何も知らないことに焦りなさんな。
知識はぜったいについてくるから。
ゆっくり歩いたって、さぼったっていい。
時には後ろ向きに歩いてもいい。
大事なのは、止まらないこと。
そして、無理矢理にでも笑ってみること。
うまく笑えなくていい。
笑うことで、なにか変わる。
あなたの笑顔は、その力があるんだよ。
悪いこと言わないから、
まず自分を信用してみようよ。
そして私は、問いかけてみる。
あのときの先輩みたいに、
私、なれていますか?
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