見出し画像

天使のお仕事~合コン編④

                                                      ③はこちら

そして、私は予定表に書かれたメニューをすべてやりつくした。

翼エステでホワイトニング美容液を注入。美容室で枝毛カットとヘッドスパ、トリートメント。ひじ、ひざ、爪のメンテナンス。フェイシャルマッサージで顔のラインもきゅっと引き締まった。

姿だけであれば、きっと近年で一番のビジュアルだろうと思う。

だけど。

下界に降りた夜、女将のしのさんから「きれいね」と誉めてもらったとき。

悩みに悩んで、宿泊先のホテルで深い海の色のワンピースを着たとき。

その時の私のほうが、今の私より何倍も美しかっただろうと思う。瞳は潤み、頬はバラの花のように上気していた。

たぶん恋愛って、そういうものなんだろう。あのインキュバスだって、過去の苦しい恋を語るときは、ちょっとカッコよかったもの。

私は、あの高揚感を味わえるだろうか。

誰かを好きになって、そしてまた、相手の幸せを願えるような。


私は意を決して、カニちゃんのサロンへと足を踏み入れた。

「アイリスちゃん、さすがやね!これがほんとのアイリスちゃんやわ」

カニちゃんは、ぱん、と手を叩いて笑った。この笑顔を見るとほっとするし、安心する。天界No.1の起業家だけあると思う。

「アイリスちゃんはブルーベースやから、こんな色はどう?」

カニちゃんが色とりどりの布のなかから、一枚の光沢のある布を私の胸に当てた。

「こんな色、着たことないけど・・」

あまりの布の鮮やかさに、目がパチパチしてしまう。

「ワインレッド、っていうんよ。この色、ようアイリスちゃんには似合うわ」

ワイン。キョウスケと行ったお店にあった、あの美しい芳醇な飲み物。グラスを持つ彼の指先が、また私の脳裏に甦る。

「あら、この色きらい?」

カニちゃんが不思議そうに首をかしげる。だめだめ、すべてのものが彼へと繋がってしまう。乗り越えなきゃだめ。

「ううん、すごく素敵な色」

私が笑ってそう言うと、カニちゃんはニコッ、と2倍くらい笑った。

「オッケー、じゃあこの色と黒をメインで衣装を用意するわ」

「黒!?」

びっくりして大きな声を立ててしまった。

「黒は魔族の色でしょう?」

天使部に来たばっかりのインキュバスの翼を思い出して、私は言った。

「そうやね。まあ、アイリスちゃんの仕事的にはそういうイメージやろなあ。でもな、黒には着る人の威厳や格調を高うする効果もあるんやわ。すべての色を包み込む、吸収する色や」

「包み込む・・」

カニちゃんの語り口は優しいが、なにかを諭すような厳しさもにじむ。

「アイリスちゃん。あんた、下界で悲しい思いをしたそうやな。リリーちゃんが心配しよった」

やはり。カニちゃんは知っていたのだ。

「天使の無垢な白は、そりゃあ完璧や。でもな、人の子でも天界人でも、自分が弱いと知ってるもんがいちばん強いんとちゃうん?」

カニちゃんが、じっと私の目を見る。

「自分は完璧やと思ってるもんは、よその世界を知らんだけ。黒はな、単純な一色だけではできてない。赤も、青も、黄色も。全部の色を包んで自分の中に取り込んだのが黒なんや。・・アイリスちゃん、あんた下界で人の子に惚れてしもたんやな?」

なぜか素直にこくん、と頷いてしまう。

「あんたらの仕事では、そりゃ誉められたことじゃないやろ。ペナルティもあるやろな。だけどな、それは決して、アイリスちゃんが汚れたわけじゃないんやで」

「えっ・・」

私はカニちゃんの顔を見たまま、言葉がでなかった。リリーお姉ちゃんにも言えなかった、私の本心をなぜカニちゃんは見抜いたんだろう。

「アイリスちゃん、あんたは無垢な白を失ったわけじゃない。他の色を手に入れたんよ。それこそ、体張って、傷つきながら。・・恋する情熱の赤も、聖母のように相手を慈しむ青も。いろんな、いろんな感情を手にいれた。誰にも、できるもんじゃないと私は思う」

「カニちゃん・・」

涙がひと粒、ぽろりと落ちた。

居酒屋しので、みんなの優しさにもう涙はでないと思うほど泣いたのに。

「傷ついた経験のあるあんたは、怖いもんなしや。もう黒だって着こなせる。魔になんて取り込まれへんよ。黒も白もアイリスちゃんの色や!・・ほら見てみい、証拠にあんたの翼、前より白さが増しとるやないの」

カニちゃんに撫でられ、私はふと自分の翼を見つめた。

天使としての自信を失った私の翼は、私の気持ちを代弁するかのように、しなびて灰色に近かった。

しかし、メンテナンスをきちんとした今、たしかに以前より輝いているように見える。

「一度地獄を見た者は強いからな」

以前ボスが言っていた言葉が、今やっと理解できた。ずっとずっと、ボスは私を勇気づけてくれていたのだ。

それなのに、私は。


「カニちゃん、なんか私わかった!」

私が急に立ち上がったので、カニちゃんはびっくりしてのけぞったが、すぐにあはは、と笑った。

「ようし。それでこそ良縁部のエースのアイリスちゃんや。もうパーティーはあさって。気合いいれていきましょ!」

私の翼がぶるん、と風に揺れて、カニちゃんと私は目を合わせて笑い転げた。

続きはこちら↓


ピリカグランプリの賞金に充てさせていただきます。 お気持ち、ありがとうございます!