RGコンフィデンシャル
"馬頭嵐"こと前頭筆頭、田並久寿男(たなみ・くすお)は、今夜のねぐらを熱海の寂れた旅館に決めた。さしたる理由はない。この一週間、追っ手をかわしてきた幸運が、今夜も続けばという、淡い期待があるだけだ。
追われる者に特有の神経質さで、馬蹄型に配置された客室を、一つずつチェックしてまわる。待ち伏せの危険は薄いが、彼はまだ生きていたかった。一組四人の子連れの家族のほかに、宿泊客はない。少しだけ安堵すると、部屋にもどって酒を呑みながら、仲間のことを想った。
前頭十六枚目、谷江圧勝(たにえ・あっしょう)。関脇、丸子紫電(まるこ・しでん)。田並とともに、巨大な敵に挑んだために、命を落とした男たち。
大関、板取澄泰(いたどり・すみやす)――。必ず、殺してやる。
だが、今は逃げねばならない。板取の力は大きく、野望はさらに大きい。いくつもの部屋が奴につき従い、また本人は協会の庇護下にある。あるいは誇大妄想と笑われかねない、奴の計画――外国人力士の"封じ込め"作戦――も、板取ならばやってのけるだろう。それも、極秘裏に。
両国コンフィデンシャル。その企みをあばく鍵が、この手にあった。奴らが、血眼で追ってきているのも、その鍵だ。そして、田並は二人の力士を見、幸運を昨夜で使い果たしていたことを知った。
先に部屋に踏み込んできたほうを、鉄砲でぶちのめした。次の一人は、喉輪から組み敷いて片付けた。その時、旅館に火がかけられているのに気付いた。舌打ちし、逃げ出すことに決める。だが――
「やあ、若造」
板取が、消防服を着て炎のなかから進み出てきた。
「大関、ずいぶん用意がいいじゃないか」
「付き人みたいにな。この世になにか言いのこすことはあるか、若造?」
自害。板取に見つめられているあいだ、自害しようかとためらった。田並は鉄砲をひいたが、板取のほうが先にぶち当てた。
田並は死んだ――熱海御用邸は両国国技館に似ていると思いながら。
【つづく】
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