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擬音語の散文

満員電車。
全く知らない人。
真四角の眼鏡をかけているその人が、
真ん中の電車の車両の扉側に立って、
窓の外を見ている。
真顔のその人の顔と眼鏡の間の隙間から、
まっ青な空と眼鏡の写した流れる景色が見える。

私のものではない世界を
垣間見ることのできたようで、なんだか嬉しい。

ガタンゴトン。

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「ちょっとした知り合いが死んじゃって」
彼が言った。
「この前、共通の友だちからそれを聞いたんだけどさ」
私はうん、と相槌を打つ。
「その人のこと、オレ、なんかの拍子に思い出したことがあってさ、そういえばあの飲み会でなんちゃらって言ってたなぁ、どうしてるかなって」
私はうん、と相槌を打つ。
「でも、オレがそうやってどうしてるかなって思ったときには、もうその人はこの世にいなかったんだよ。そのことに気づいてさ。なんか、変な感じだったよ。知らないって、怖いな」
私はその話に妙に興奮した。
もうこの世に存在しない人の実在に。
彼が、その人が亡くなったという事実を知らなければ、彼にとっては、その人は永遠に生きているのと変わらないのだ。
死体を見られないで姿を隠した猫は、永遠に生きて、百万回ののちに涙を流すのだろうか。

ニャーニャー。

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私は詐欺師が書いた本を持っています。
私がその本を読み終わった直後、
その作者は経歴詐称の詐欺罪で逮捕されました。
作者の幼少時代の思い出や、読んだ本や、経験した仕事についての話。創作した物語や写真なんかが載ったエッセイ集。

「ブリキの太鼓」「わたしを離さないで」「詐欺師フェリークスクルルの告白」など、信頼できない語り手たちの小説はたくさん知っているけど、本当の詐欺師の本は、その一冊だけ。

ペラペラ。ペラペラ。

行き止まり。

#小説 #擬音語

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