鏡よ鏡の中

娘の生まれた友人から「さおりみたいに育つにはどうすればいいの?」と聞かれたことがある。大分前のことだし、私みたいにはならないほうがいいよ、と思ったけど、やっぱり嬉しかった。自分のことが、まるごと認められた気持ちになった。嬉しかった。

白雪姫の王女様が、毎日魔法の鏡で「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」と問いかける。そこで「あなた様です」と答える鏡は、魔法の鏡ではなく、目の前のものを映し出す、ただの普通の鏡だ。ときどき、私もただの鏡に問いかける。というより、言い聞かせる。「私は美しく、強い。大丈夫。大丈夫。」ただ、自分で自分を認められるということは、魔法だと言えるかもしれない。

あるとき、鏡が「あなたは美しくない」と言う。あなたよりも美しい人がいる、と、自分以外の姿を映し出す。自分が映るはずの鏡をどんなにじっくり見ようとしても、自分の姿が見えない。私は、自分の姿をどこかに置いてきたのか。吸血鬼に噛まれた覚えはないのになぁ。
鏡の奥をじっと見つめようとするが、うまくいかない。忙しすぎるのだ。あの人があんな風に言ってた、あの人はなんであんなことをするのか、何を考えているのかわからない、どうしてみんなして自分を見下すのか。
自分の声がうるさい。

自分が自分であるためには、自分以外の誰かが必要なのだ。でも、それでは誰か、がいなくなれば、自分もいなくなってしまう。だから、鏡を利用する。自分で自分を認められれば、それでいいじゃないか、と言い聞かせる。他の人なんて、関係ない。そう言うほどに、鏡は別の人物を映し出す。なんで自分はこんなに孤独なのだろうか、鏡にさえ拒否されるほどに。

鏡を見続ける。私の姿のない鏡に没頭する。どこにいるのだと、目を凝らす。やがて、鏡と自分との間の境界が破られ、私は鏡の向こう側へ行く。鏡の向こうには、左利きではない、右利きの私がいるはずだ。それを探しに行く。私は鏡の向こう側へ降り立ち、鏡の世界の冒険に出かけた。私の部屋と同じだけれど違う部屋をくぐり抜け、ネーデルラントの森へ駆け出す。自分探しの旅というやつだ。自分を探し出し、連れ帰り、ダメじゃないか、と叱りつける必要がある。他の誰かの価値観に支配されないための役割が、お前にはあるのだから。私は、鏡の奥の奥へと歩みを進める。

そうして、空っぽになった鏡の前に、また「私」が一人、やってきた。

#エッセイ #ループ #鏡

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