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魔王の城 あるいは ポストモダン後の世界について 〜後編〜

霞に食われるように月が欠けていく。月が完全に姿を消す前に、あの城にたどり着く必要がある。勇者は、そう感じた。ただでさえ女たちの毒気にあてられて、戦う勇気が挫けそうなのだ。しかし、勇者には使命があった。この世界をより良い世界に変える使命が。魔王を倒し、あの悪名高い城を壊し、新たな世界を構築するのだ。新月の一日前に、勇者はようやくその城にたどり着いた。迷路のような街を抜けて、何日か経ってようやく門にたどり着いた。門を突破すると、思ったよりも目的はすぐに成すことができた。見かけは立派だが、まるで防衛力のない城だったのだ。兵力もほとんどなく、勇者は簡単に城の塔の一番高い部屋に、魔王のいる部屋にたどり着いた。そこには、いつか麓の街の市長が言っていたような年老いた男が玉座を占めていた。

「覚悟しろ。悪の根源の魔王。」

勇者は、声高く年老いた男にそう言い放ち、鋭い勇者の剣先を男に向けた。男は、玉座に沈みこむようにもたれかかり、しなだれかかって、座っているというよりも、ほとんど玉座に溶け入っているかのようだった。しかし、勇者が現れ、その立派な出で立ちを見ると、急に男は元気を取り戻し、ほとんど体をひっぺがすようにして玉座を離れ、勇者に近寄っていくと、震える体を地面にひれ伏せた。

「おお、やっと来てくれたか、新たな勇者殿。」

年老いた男のさび付いた王冠が、男がうなだれるとともに、高く不快な音を立てて大理石の床に落ちて転がった。その様子を見ると、勇者は戦意を失い、勇者の剣をおろしてしまった。勇者は明らかに失望していた。しかし、年老いた男は、勇者の失望とは逆に、明るくなり半笑いの表情を浮かべて、明らかに浮き足立ち、興奮していた。しかし、男はあまりにも老いさらばえているので、その興奮は湯を沸かす熱量にも達しないだろうと見えた。

「勇者殿、お待ちくたびれました。」

年老いた男は、もう一度、精一杯にそう言った。

「どういうことだ、魔王、お前は私に倒されることを望んでいたのだとでも言うのか。」

勇者は、気持ちを引き締め、威圧感をもってそう応えた。

「魔王だなんて、めっそうもない。私は、ただほんのひととき、本当の勇者殿が現れるまで、ここを臨時に守っていただけなのです。あの女たちの圧力に負けて、この城がつぶされないように。」

「どういうことだ。説明しろ。」

「まぁ、勇者殿、落ち着いて。こちらに来てください。」

そう言うと、男はゆっくりと体を起こし、ようよう、高い塔の窓際まで勇者を誘導していった。

「あの恐ろしい迷路のような街をごらんください。」

男は、窓を開け放つと、震える指で窓の外の景色を指した。彼らの眼下には、先ほどまで男がいて、ようやく抜け出してきた迷路があった。しかし、迷路は、一日前よりもさらに複雑怪奇な様相をしていた。それどこから、ほとんど迷路は城の一部にまで達し、城を浸食しはじめていた。

「どういうことだ。たった数時間前までとは、ずいぶん様子が違う。」

「それが、やつらの所業です。」

年老いた男は震えていたが、それが年によるものなのか、恐怖によるものなのか、それとも両方からなのか、もはや判断することはできなかった。

「やつらは、私たちの築きあげたこの城をうっちゃって、この世を混乱と無秩序の渦に巻き込もうとしているのです。もう、私にはやつらを防ぐことができない。若くて立派な、あなたがやらなければ。」

年老いた男は、地面に転がっていた王冠を拾い上げ、勇者に手渡した。その王冠は、ずいぶん埃と汚れで黒ずんではいたが、しかし、本物の金と宝石でできていた。勇者は、その王冠を自分の頭上に乗せた。それは、ずっしりと重みがあった。つい数分前まで、勇者はこの城こそ悪の権化で、この世を混乱に陥れた象徴で、壊さなければならないと考えていたにも関わらず、勇者はすっかりそのことを忘れ、今では城を打ち破ろうとする外からの圧力に不快感を感じていた。

「私がやらなければ」

勇者はそう言った。年老いた男は、今度はすっかり床にへたりこんで、絨毯のように、しなびた肌を床に広げていた。

そうしてまた新たな魔王が誕生したわけだが、しかし、もうそれは遅かった。時代はすっかり変わっていた。男たちが変わらない間に、女たちの想像力は地球を駆けめぐっていた。新たな世紀が近づいていた。迷路のように街と自然が一体化し、絶え間ない変化が地球を虹色に変える。宙が落ち、城は跡形もなく消え去ろうとしていた。     終


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!よろしければ前編も見てください
また明日!明日は憧れの生活についてのエッセイです

#ポストモダン #前後編 #短編小説 #勇者 #魔王

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