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魔王の城 あるいは ポストモダン後の世界について 〜前編〜

爪をたてて、縁をひっかけば、めくり取れてしまいそうな丸くて赤すぎる月。その下に例の城はそびえ立っていた。その男は勇者となって、幾多の困難を乗り越え、その城の麓の街までやってきたのだ。城は空高く(恐らく権力者に虐げられた奴隷たちの手によって)築き上げられていた。城の塔を螺旋状に取り巻く壁や通路、橋や見張り台。そこには城を守る大勢の屈強な兵士たちと大砲が潜んでいるのだ。しかも、麓の街はほとんど迷路のように入り組んだ形をしており、そこから城に到着するまでにも、骨が折れる。勇者はしかし、これまでの困難を振り返って考えてみれば、人々が生活する街を歩き回ることなど容易い、と考えた。そこで勇者は城の麓の迷路のような街の人々に、城への道を聞いて回ることにした。驚くことに、その城の麓の街には、女と子供しかおらず、成人男性は一人も見かけることがなかった。子供に聞いても、城への道を聞くどころか、からかわれて遊び相手にされるだけだったので、勇者は女に道を聞くことにした。しかし、女たちは少しも要領を得た返事をしなかった。いつも「なぜ」城へ行こうとするのか、「どうして」城へ行く必要があるのか、「それで」城へ行ってどうしようというのか、という質問ばかりで勇者を辟易とさせた。

彼女たちは、悪名高く全ての悪の根源となっているその城の魔王の存在を理解していないようだった。よその世界では、こんなに有名な事実なのにも関わらず、女たちはそれを全く知らないどころか、無知を開けっぴろげにして恥じることがなかった。そして、彼女たちの家で、それよりも温かいスープを飲もう、という提案ばかりするのだった。

「あなたたち男性は、外で寒い思いばかりしているから、城へ行こうなどというバカげた考えに取り付かれるのだ」と彼女たちは言った。こんな無知と無恥に女たちがさらされているのも、あの城の魔王の存在のせいに違いないのだ。男は勇者になったときから、魔王を倒し、この世界を正しい秩序に導くべく強い意志を持ってこの冒険に出たのだった。勇者は、ようやく女たちのなかから「市長」と呼ばれるリーダー格の女性に会うことができた。この女性が誰よりもこの城の麓の街のことをよく知っているいう。勇者は、市長に城について聞くことにした。市長は、自分のみすぼらしい家に彼を招き、台所仕事を片手に彼の質問に受け答えをした。二階では、赤ちゃんの泣き声と、その赤ちゃんをあやす子供の声が聞こえた。市長とのやりとりも、勇者の期待するものとはほど遠かった。市長は城への行き方を教えず、「わからない」と答えた。そしてまたもや「どうしてそんなに城に行きたいのか」と勇者に聞いた。勇者は、世の中の不安定さや悪の元凶があの城とそこに棲む魔王にあるのだと説明をした。すると、女は高らかに笑い声をあげた。「魔王?あの城と呼ばれる建物に住むのがそんな大それたものだと、あんたも思ってるの?」勇者は自分がバカにされたことに憤慨した。

「あの馬鹿げた城をつくったのは、男たちなのよ。そして、何人もの男たちが勇者を自称して、あの城にたどり着いた。そして、何が起きると思う?彼らはおじいちゃんになってしまった魔王の首をはねて、それだけでは飽きたらず、自らが次世代の魔王になるのよ。けれど、それで何が変わると思う?おじいちゃんの顔が一瞬、野心に溢れた青年の顔になり、そしてまたその青年が年をとるだけで、何も変わらない。城の形が少しでも変わるわけでもなければ、城の価値が少しでも変わったわけではないの。城を壊すといいながら、これまで誰一人としてあの城を壊した者はいないわ。何一つ、変わってないのよ。」

「けれど、この街を見て。常に変化しているわ。パン屋の隣に森ができたかと思えば、次の日には山になっている。そして、その山を越えた先の花屋が次の日には手作り工芸品の工房になっている。女たちは、次々と想像力をもって新たな試みを繰り返している。そのめまぐるしさで、この街は迷路のようになっている。迷路で子供たちは遊び、女たちはより新しい価値と次の可能性を見いだしている。それは未来をつくる仕事なのよ。男たちのように高い城をつくって過去を見下ろすことにばかり夢中になっているような人は、この街にはいない。この街にいても、その変化の激しさに耐えられなくなって出ていく。そして、またどこか違う場所で高い城を建設するだけなのよ。どれも同じような、似たりよったりの形のつまらない城をね。」

勇者は、その市長の言葉のほとんどを真面目にはとらえなかった。女のつまらない愚痴だと考えた。こんな女が仕切っているような街だから、男たちは出て行くのだ、と思った。自分も早くこんな混沌とした無秩序でわけのわからない、理性を失ったような狂気の街にいるのは苦痛だった。早く城にたどり着き、自分の本来の仕事がしたかった。
〜前編終わり〜

#ポストモダン #前後編 #短編小説 #勇者 #魔王

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