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ショーセツ スナックぎんなんの災難    #4 麒麟は来る⁉


虹子はスキルが欲しいと思った。

自分が今持っている編み物スキルではどうしようもない。編み物婆あにはなれるかもしれないが、あまりに非効率的だ。

それよりもっと生活にコミットするスキルが欲しいと思った。

穀物や野菜を育てるスキル、家電を修理するスキル、かのモデルさんのようなDIYスキル、そんなものが欲しいとぼんやり考えるようになった。

時代に逆行しているようなこれらのスキルが、実は重要になってくる…彼女の野生の勘がそう言っていた。(極めて危険な思い込みであることを認識してはいないが)

いつものあらぬ妄想が沸き起こり、まずは包丁の研ぎ方を極めようと思った。包丁研ぎはネットで調べて自前でやるが、いざという時はホームセンターに頼みに行く。包丁の切れ味を抜群に蘇らせる職人技は憧れだった。

もっと言えばそれは、縄罠をしかけて動物を捕え、捌いて食べるためのスキルだった。罠の技術はそう簡単には身につかないが、包丁さばきをレベルアップさせるのはよいことだ。善は急げ、どこかで包丁研ぎ教室やっていないかしら…

「あんた、野生動物なんか捕まえて食べたら、病気になっちゃうわよ」すぐそばで比奈まつりの声がして、虹子は驚いた。母娘が来ていたことをすっかり忘れて妄想モードに入っていたのだ。

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比奈まつり・モモコ母娘は、今日は来るなりスライムのように力なくカウンターに寄りかかり、酒の入ったグラスを前に、あまり飲みもせずに管を巻いていた。虹子の、「二人とも、お疲れみたい」というお追従も意に介さず、どっぷり感傷的な世界に浸っているのだ。

そんな二人の様子を伺っているうちに、妄想モードに入り、どうやら独り言まで言っていたらしかった。虹子は自分も重症だと思った。

「赤星電機のニュース、聞いたでしょ。あの秘密主義の会社が、珍しく情報公開して、工場一軒閉鎖しちゃったんだから」まつりは苦い顔をして酒を飲んだ。「野生動物を捕まえて食べるなんて、あんた、野口英世先生の苦労が水の泡じゃないの。しっかり衛生管理された食肉を食べてこその現代人なのよ」

「そうですね」虹子はシュンとしてパソコンを閉じた。「でも、赤星電機の工場閉鎖、心配ですね。中にいる人は大丈夫かしら」

「ホントにねえ」まつりは深いため息をついた。「人権も何もあったもんじゃない、パワハラが過ぎる会社だからねえ。封じ込めるだけで、ちゃんと対策しているのか分かったもんじゃないわ」

「マット・ディモンが出てた、『コンティジョン』って映画知ってます?パンデミックというよりホラーだ、って言われた気色悪い映画。あれも確か町を封鎖しちゃうんじゃなかったかな」虹子は湿ったコースターを取り換えながら明るく言った。しかし二人は沈んだまま乗ってこなかった。

「大丈夫ですよ。普通にインフルエンザの予防をしていれば、怖くありませんって」虹子は二人を励ました。「モモコちゃんなんて若いんだから、重症化したりしないわよ」

「この人が落ち込んでるのはそれじゃないの」まつりは言った。「央須サファリパークの山火事に堪えてるのよ。動物大好きっ子だから」

「だってだって」モモコは泣きそうだった。「コアラやカンガルーがいっぱい死んじゃって…地域の危機なのに、みんな応援遅すぎだよ」

モモコはあまり強くない酒をあおり、空になったコップを突き出してお代わりを要求した。虹子は心配そうにそれを受け取ったが、モモコの目は据わってきた。

「これからは、山火事が当たり前になってくるんだから。みんなもっと危機感を持って、一箇所で起こったらすぐ応援に行ける体制をつくらないと、大変なことになるのよ」

「火事も早めに封じ込めないとねえ」母は娘の意見に同感した。「でもアンタ、お酒に走るのよしなさい。また蕁麻疹でるわよ」

「会頭さん選びは、ますます難しそうですね」

「う~ん? もうどうでもいいわ、そんなこと」今度はまつりがお代わりを要求した。

「新しい会頭さん決めるの、辞めちゃったんですか?」

「成り行きでなんとかなるんじゃない?もう目くじら立てて駆け回るの辞めるわ。仕事ってね、時には受け流すことも必要なのよ」後半は娘に言い聞かせるようにまつりは答えた。

「そうだね。終末時計が1分40秒になっても、笑って受け流すしかないしね」母娘は乾いた笑い声を立てた。

「お二人とも、何かやけになってません?」虹子は例のホラー映画を観ているような気分になってきた。

「アンタだって、密かにサバイバル能力を身につけようとしてるじゃないの」まつりは反論する。

女三人はまた、額を突き合わせてため息をついた。


そんな時いつもタイミング良く現れるのが堂下だった。彼は性懲りもなくスナックぎんなんのドアを開けた。

「わ、まただ」彼は女三人の姿を見るなりのたまった。

「ちょっとアンタ、その言い草は何」まつりは気色ばんだが、彼の出現によって元気を取り戻したとも言えた。

「いや、また、寄ってたかって落ち込んでるな、と思って」彼はヒヒヒと笑うと、言われる前に母娘の間に座った。「影部ホールディングスの浦地見さんが、大手4社に会議を持ち掛けた件ですか?」

「何それ、知らない」まつりは驚いて姿勢を正した。「大手ってどこ?」

「うーんと、米田組と、赤星電機と、ゼントルマン株式会社と、羅丸瀬酒造」

「何の会議をするっていうの?」

「そこがよく分からないんだよねえ。社会の喫緊の問題を話し合う、って言ってるらしいけど」

「いやいやいやいや」比奈母娘は揃って首を振った。

「影部ホールディングスと赤星電機は仲いいけど、ゼントルマンはもうあの猫いらず事件を忘れちゃったの?」モモコが言った。

「大昔は一時結託していた会社だけど、主義主張が全然違うし」まつりも呆れ顔だ。「どこでそんなこと言ってたの、あの社長は」

「湯田寺の記念式典で」

「はは~ん」まつりはしたり顔で頷いた。「そりゃあどうやら、ゼントルマンと羅丸瀬酒造に、釘を刺してるんじゃないの」

「何のことです?」堂下はまつりに聞いた。

「ゼントルマンと羅丸瀬酒造が、湯田寺とある取引をしようとしてるみたいなのよね。影部ホールディングスにとってはそれはマイナスなのよ」

「そうかなあ。湯田寺にはお祝いを言って、その裏で、ゼントルマンに反対のこと言ったりする?」モモコも母に尋ねた。

「あの人ならやりかねないわよ。それが経営者ってもんじゃないの。登良社長と湯田寺が仲良しだから、それに釘を刺す意味もあるかもね。影部ホールディングスは香蘭寺と取引してるし。」

「そうかもな。その場に登良社長はいなくて、副社長が出席していたみたいだよ」

「ホント老獪だわ。浦地見社長は湯田寺とは逆の立場のはずよ」まつりの目が吊り上がってきた。「あの5社が今さら何を話し合うっていうのかしらね。同じ強固な警備システムがあるし、誰がどう牛耳るか、って話じゃないの。パワーバランス」

「まるで戦国時代みたいですね」虹子は呟いた。

「ホントにそうよ。乱世だわ」

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「赤星電機、今大変そうだし。会議なんて実現するのかな」モモコが言った。

「ウィルス問題はともかく、米田組も、晋藤自動車も、ホントは赤星電機が羨ましくて仕方がないんじゃないか」堂下が答える。

「何であんなパワハラ会社が羨ましいのよ」モモコは疑心暗鬼だが、まつりは「言えてる」と頷いた。

「以前はみんな、赤星電機のような会社が儲かるわけはない、と思っていたのよ。ところが凄く儲かった。

情報も自由な社風も封じ込めて、社員にひたすら経済観念を植え付けたのよね。それこそ見境なく」

「そうだね。情報公開して内部告発もあって、いろいろ責任追及される会社と、トップが有無を言わさず絶対的な権力を持つ会社と、経営者にとってどっちがやりやすいかって言ったら、断然赤星電機に軍配が上がるでしょ」堂下も請け負う。

「だから登良さんは、赤星電機にいちゃもんばっかりつけるのかしらね」まつりは面白そうに呟いた。

「登良社長も晋藤社長も、適当にごまかしてばっかりで、自分に都合の悪い事は情報公開なんてしてないじゃない。やってることはどっちも同じだよ」モモコは憤慨している。「魔女狩りだ!とか言っちゃってさ」

「浦地見さんは、赤星電機を巻き込んで、もっと発言力を強めたいんじゃないかって話だよ。社内で彼らに盾突く者は、いないわけだしね」

比奈母娘はうんざりした表情になった。

「アタシ、誰について行けばいいのか、ますます分からなくなってきた」モモコは悲し気に呟いた。

「そうそう。考えてもダメな時は左に受け流す~♬よ」

「そのうち何とか なるだろう~♬ってね。状況は変わっていくし、今必要なのはスーダラ精神かもしれないよ」堂下もお道化て言った。

…二人とも古すぎるわ……スーダラ精神には自信があるけど、ホントになんとかなるのかしら……そんなことを独り言ちていると、

「そうだ、虹子ママ!この店いつキャッシュレスになるの!」

モモコがいきなり人差し指をびしっと指して迫ってきたので、アナログ虹子はクラクラ目が回り、やっぱり左に受け流すことにした。

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