片隅

40代。子ども3人の母。教員。 自分と似たような状況の中、情報を必要としているかもしれ…

片隅

40代。子ども3人の母。教員。 自分と似たような状況の中、情報を必要としているかもしれない誰かのために綴る乳癌の闘病記。 生活の記録。あの頃確かにここに居た、わたし。

最近の記事

生存本能

8月1日の勤務を終えて、夕方、針生検の結果を聴いて、 翌日は通常どおりの勤務。 翌週から夏期講習も始まるから、その準備の大詰め。 通勤時間往復約2時間半の車内では、現代思想関連、 ハイデガーの思索に関する本をAudibleで聴き流していた。 ハイデガーの「主体性の形而上学」のあたり、理解したいわー。 轟孝夫先生の、もうちょっと調べたら、少しは理解に近付けるだろうか。 ほかから攻めた方が良いだろうか。 そんなことを思っていては、いけない。 話はどんどん先へ先へと進んでいくのだ。

    • 間の悪さが真情です。

      7月16日火曜日に休みを取って、午前中は新車購入に関する手続きのためディーラーへ。 午後は、血性乳頭分泌が見られたことで急に気になり始めた胸のしこりについて、診療予約を取っておいた乳腺外科を専門とする個人病院へ。 そこで結局、マンモグラフィー、エコー検査、針生検と一気に進むことになったのだが。 このときの私は、事のなりゆきをまだ知らない。 こういうときつくづく思うが、私という人間はとにかく間が悪い。 こうやって書いてしまうと、現実として再認識されてよろしくないと思うが、言わ

      • 何をどこまで、誰に知らせるか。

        癌罹患について、誰に知らせるか。 ①私が術前説明・入院・手術をするにあたって、何らかの協力をお願いすることになる人。 ②現時点で退院日が未定なので、始業式不在ということもあり得て、 それによって直接的に業務に支障を来すことになる人。 ③私が入院・手術、場合によっては退院後に開始されることになるかもしれない治療によって、直接的に業務に支障を来すことになる人。 この3つに限定して、知らせた。 ②③については、お会いしてお話した人、入院までの期間が短く、お会いできる目処が立たないた

        • 告知からの12日間

          夏休みに入ってからここまで、夏期講習やら出張やらで何や彼やと忙しくしていた。 8月1日にしこりが悪性とわかってから12日の本日まで、これまでと何ら変わらない日々が過ごせている。 感情の起伏は、驚くほどない。 明日はPET検査、明後日はMRI検査と続き、その結果から転移の有無を判断すると。 最終的には胸を開いてみないと、癌細胞の浸潤・非浸潤の判断はつかないとのこと。 手術の結果を診てみないことには、ステージや治療の種類も定まらずなので、「乳癌に罹患した」らしいという事実だけぶら

        生存本能

          両親に思うこと

          両親に右乳房の悪性腫瘍のこと、これから予定している検査や入院、手術の話をした翌日以降、母から毎日似たような時間帯に安否確認のLINEメッセージが来るようになった。 変わりなければ既読を付けてくれと添えられた文面に、親指を立てたリアクションマークを返すやりとりが続いている。 両親より先に、いわゆる、命に関わるような大病をしている娘であるところの私は、そのことで少なからず両親を悲しませているだろう。 でも、娘の立場からしてみると、こういうときだからこそ両親が存命で、連絡をくれ

          両親に思うこと

          宣告された日

          仕事帰り、針生検の結果を聞くため、病院へ。 「悪性腫瘍ではないことを確定させておくために」と説明された2週間前。 多くの場合、癌なんてことはないわけで…という医師の言葉は、それもそうねという気にさせた。 その言葉のおかげで私は、乳房のしこりも乳頭からの血性分泌のことも、さほど気にせず日々を過ごせていた。 予約時刻を少しばかり過ぎて、名前が呼ばれ、扉を開いてから挨拶をした。 こちらが座るよりも前に「あんまり良くなくてね」と切り出した医師の言葉に、何をそんな大袈裟なと。思ってい

          宣告された日